第12話 おっさんは出番がない

Side エリシア


 謁見の間。

 彼が去った後、一人胸を撫でおろす。

 緊張から解放された安心感。

 しかしもっと一緒にいたかったと思う自分もいる。

 感情が忙しい。

 でも嫌な感じはしない。

 

「アラベル、さん……」


 その名を呟く。

 すると何故か顔が火照ってきた。

 この気持ちは一体何なのだろう?

 嫌悪感はない。 

 むしろ好ましいと感じている。


「ん~~……」


 わからない…。

 ふと視線を落とすと食べかけの鶏肉が目に入った。

 わたしの顔よりも大きいそれはまだ半分以上残っている。


『あとで扉前の二人にも分けてやるといい』


 アラベルさんの言葉を思い出す。

 そうだ。

 一緒に食べるついでに二人に聞いてみよう。

 わたしは扉を開けて声をかける。


「リズ、ラズ」


 すると二人は驚いた様子でこちらを振り向いた。


「どうされましたか? 陛下」


 右の兵士ーーラズが答えた。


「あの…よかったらこれを一緒に食べませんか?」


 そう言ってわたしは鶏の丸焼きを見せた。


「陛下、お気持ちは嬉しいのですが私達は一介の兵に過ぎません。陛下と食事を共にするなどーー」


 左の兵士ーーリズは言いかけてハッとした様子で言葉に詰まった。


「いえ、やはり私達もご一緒させてください」


 そしてリズはわたしの提案を受け入れてくれた。

 ラズも頷いている。

 そして私達は食堂に向かった。

 食堂に着くとラズが厨房からナイフを持ってきて綺麗に切り分けていく。

 それをリズはどこかそわそわした様子で待っている。


「陛下の前でみっともないぞ、リズ」

「す、すまない…」

「申し訳ございません、陛下。リズは大の肉好きなのです」


 ラズが頭を下げる。

 その隣ではリズが鎧越しでも分かるくらいばつが悪そうにしている。

 二人はこんな性格だったんだ。

 もっと冷たい、機械のような人達だと勝手に思っていた。

 塞ぎこんだままじゃ絶対にわからなかったことだ。

 踏み出さなければ、話さなければ人の本質は分からない。

 そんな当たり前のことをわたしはこの時初めて理解した。

 

「お待たせいたしました」


 ラズが切り分けた鶏肉をそれぞれのお皿に乗っける。

 そして3人でそれをつつき始める。

 ラズとリズは兜をつけたまま器用に食べていた。

 脱がないのかと聞いてみると「職務中は何が起こるか分からないので」と頑なだった。

 一段落ついた頃、わたしは例の疑問を二人にぶつけてみることにした。


「リズ、ラズ。アラベルさんのことなのですが、実はーー」


 話を進めていくと二人の態度がどんどん微妙なものになっていった。

 そして話が終わるころには二人が天を仰いでいた。


「「よりによってあいつか…」」


 二人の声が重なる。


「もしかして、よくないことなのですか?」


 そう口にした瞬間、自分でもびっくりする程気持ちが沈んだ。


「あ、いやそんなことは決してありません。ただ…」


 リズが言い難そうに口ごもる。


「正直に言って気に入らないのは確かですがこれはあくまで私達の私情なので陛下は気にしないでください」


 ラズがリズの意見を補足した。

 つまり二人としてはわたしが思っていること、というより相手がアラベルさんだということが問題らしい。

 …やっぱりよくわからない。

 首を傾げているとラズが優しく諭すように話し始めた。


「私から言えるのは彼に対してしたいこと、してほしいことがあれば素直に言葉や行動に移した方が良いということです」


「アラベルさんにしたいこと……あっ」


 一つあった。


「何か思いついたのですか!?」


 リズがどこか慌てた、それでいて不安そうな声で尋ねる。


「リズ?」


 ラズが咎めるようにリズの名を呼ぶ。


「…失礼、少々取り乱しました。それであの男にしたい事とは?」


 リズがぎりぎりと音がするほど拳を握りしめて言った。


「その…アラベルさんにこのお肉のお礼がしたいです」

「お礼…ですか?」


 リズは力の抜けた様子でそう言った。


「でしたら城下町で探すのが良いでしょう。私達もご一緒します」


 ラズが優しい声でそう言った。


「あ、ありがとうございます!」


 そう言うと2人は「「滅相もございません!」」と慌てだした。

 そしてわたしは服を着替えるために私室に戻った。

 流石にこのドレスでは動きづらい。

 クローゼットを開けて服を選んでいるとは唐突に訪れた。

 突如、床がなくなったかのような浮遊感に襲われる。

 そして気づくとわたしは何もない真っ暗な空間にいた。


「こ、ここは…?」

「バルファリア帝国女王エリシア。捕まえた」


 その声を最後にわたしの意識は途切れた。

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