第11話 おっさんは乙女心がわからない

「アラベル・ガラハルトだ。謁見を願う」


 今日も俺はエリシアの元へ来た。

 昨日はつい熱くなってしまった。

 目の前の兵士達はどことなく気まずそうに扉を開いた。

 ここで邪険にされないということはどこかしら思うところがあったのだろう。

 これで少しでもエリシアの味方が増えればいいのだが…。

 謁見の間に入ると玉座には誰もいない。

 俺はいつものように玉座の裏に向かおうとした時だった。

 玉座の裏からおずおずとエリシアが顔を覗かせた。


「こん…にちは…」


 エリシアはそう言うと真っ赤になって玉座の裏に引っ込んでしまった。

 つ、ついに…。

 ついにエリシアが話してくれたあああああ!!!!!

 いや、正直あの反応はショックだったからこれは嬉しい。

 おっさんの心は結構繊細なんだ。

 俺は軽い足取りでエリシアの方へ歩き出す。

 これを機に心を開いてくれるとーー


「そ、それ以上来ないでください!」


 え?

 上擦ったエリシアの声が響く。


「あ、あの…そこからお願い、します…」


 話ができるようになったと思ったら物理的な距離が開いたんだが…。

 これは前に進んでる、のか?


「あ、ああ。今日はこの前屋台で見つけた食い物を持って来たんだ」

「食べ物、ですか?」


 そう言ってひょっこり顔を覗かせるエリシア。

 俺はこの前ルシアと食べた鶏の丸焼きを取り出した。


「へっ?」

「びっくりしたろ? けど美味いんだぞ、これ」


 そう言って丸焼きを持って行こうとした時ーー


「そ、そこから動かないでください!!」


 またエリシアが真っ赤な顔で叫んだ。


「えっと…それじゃどうすれば?」

「へ!?」


 そこは考えていなかったのかエリシアがうんうん唸っているのが聞こえた。


「じゃ、じゃあそこに置いたら離れて、良いと言うまで後ろを向いててください」

「あ、ああ」


 俺は言われた通り丸焼きをその場に置くと入口近くまで行って後ろを向いた。

 誘拐犯に身代金を渡している気分だ…。


「お、重い…」


 後ろでガサガサと丸焼きを持って行く音とエリシアのつぶやきが聞こえた。

 

「大丈夫か?」


 心配になって言うと慌てたような声で「大丈夫です」とエリシアが答えた。


「も、もうこっちを向いても大丈夫です」


 その声に振り向く。


「どうだ? 美味いか?」

「は、はい!」


 まだ緊張?しているみたいだがその声は嬉しそうだった。


「でも、ちょっと食べきれないかもしれません…」

「じゃああとで扉前の二人にも分けてやるといい」

「はい」


 エリシアが素直に頷く。

 こうして話せるようになっただけでも本当によかった。


「じゃあ今日はこれで帰るわ」


 俺がいても食べづらいだろう。

 そう思って俺は扉の方へ歩き出した。


「あ、あのっ!」


 上擦った声に振り向くと玉座の裏から顔を出して俯きがちにこちらを見るエリシアの姿があった。


「ま、また来てくれ、ますか?」

「おう、もちろんだ」


 消え入りそうなエリシアの声に答える。

 するとエリシアは一瞬だけぱあっと顔を輝かせた。

 しかしすぐにまた玉座の裏に引っ込んでしまった。


「待って、います」


 エリシアは顔を見せないままそう言った。

 俺はそれに答えて謁見の間を後にした。





 午後。

 屋敷の書庫で調べものをしていると突如入口の方から声が響いた。


「アラベル・ガラハルトはいるか!!」


 何やら切迫した声だ。

 俺は急いで玄関フロアに向かった。

 するとそこには謁見の間の扉を守る兵の片割れの姿があった。

 彼女は息を切らして尋常じゃない慌てっぷりだった。


「おいおいどうしたんだよ、いきなりーー」

「陛下がいなくなった!!」


 そう叫ぶ兵士。

 俺は驚きのあまりその場に固まった。

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