第10話 おっさんは許せない

Side エリシア


 大げさなくらい立派な玉座。

 わたしはその後ろで膝を抱える。

 わたしがこうなったのは先代の宰相のせいだった。

 彼は小さいころから『教育』と評してあらゆる方法でわたしに恐怖を刻んだ。

 お父様やお母さまに何度もそのことを伝えようと思った。

 しかしその度にあの男が頭を過ぎって言い出すことができなかった。

 そうこうしているうちにお父様もお母様も亡くなってしまった。

 そしてわたしは女王かいらいになった。

 その日から宰相の持ってくる無茶苦茶な法案に頷くのが私の仕事になった。

 このままでは良くないと毎日毎日帝国の状況や政治などの勉強をした。

 少しでも帝国を良い形にできればと願った。

 しかしいくら知識をつけようと宰相の提案に首を振ることはできなかった。

 彼を前にすると全身が震えた、涙が溢れた、声が出なかった。

 身に着けた知識は提出された法案が民にとって如何に辛いものなのかをより鮮明に突き付けてくる。

 宰相に会うのが辛かった。

 私欲に塗れた法案を通すのが辛かった。

 その法案の犠牲になる民を想像するのが辛かった。

 だがその男が先日、とある村で戦死したという報せが入った。

 わたしは心底ほっとした。

 しかしそれは束の間だった。

 次の宰相に就任したのはあの男の子息だったのだ。

 当然事情を知らないわけがない。

 結局逃れられないのだと運命を呪った。

 そして二日前、ついにあの男の息子がここを訪れた。

 わたしは震えることしかできなかった。

 急に乱暴な口調に変わった時はやはりあの男の息子なのだと実感した。

 彼はそれから毎日ここを訪れている。

 しかし、彼が持ってくるのは私欲に塗れた法案ではなくお菓子や土産話だった。

 わけがわからない。

 今度は一体わたしに何をさせようというのか。

 それがただひたすらに怖い。

 そうして身を縮こまらせていると扉の外から言い合う声が聞こえてきた。


「ふざけるなよ、お前ら」


 突然、現宰相の怒りに満ちた声が飛び込んできた。

 身体が震える。

 その声は彼の父親を彷彿とさせた。


「あいつがーーエリシアが王だと?」


 やっぱりわたしは彼の言いなりになるしかないんだ…。

 涙が溢れる。

 それが悔しさからなのか、恐怖からなのかもわからない。


「小さくなって震えて泣くことしかできないあいつが王だと!? 違うだろう!」


 頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜられているようだ。

 わたしはきっと一生このままーー


「エリシアはか弱い、ただの子供だ!! 何で気づいてやれない? 何で手を差し伸べてやらないんだ!!」


 え?


「大人がそれに気付かなきゃあいつは一体誰を頼ればいい? お前らはあいつの近くにいて何でそれが分からないんだ!!」


 あの男を思い出させる声音で、しかし全く違う感情の籠った言葉を彼は言った。

 ふらふらと扉に近づいていく。

 何でそうしているのか自分でもわからない。

 涙が止まらない。

 でもそれは決して悲しいからでも怖いからでもなかった。

 震える手で扉を開く。


「ーーっ!? エリシア!?」


 驚く彼と目があった。

 彼はばつの悪そうな顔でわたしの頭をくしゃっと撫でた。


「変な空気にしちまって悪かったな。また来るよ」


 そう言うと彼は困ったような顔で笑って去って行った。

 

「アラベル…ガラハルト…」


 彼の去った後、その名を小さくつぶやく。

ーー何故か少しだけ頬が緩むのを感じた。

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