第9話 おっさんは認めない

 驚きの声を上げたと思えばそのまま固まってしまったルシア。


「おーい、ルシアー?」


 顔の前で手を振るとルシアがはっとして正気を取り戻す。


「お気遣い感謝致します。しかし、私の都合でご主人様を振り回すわけにはいきません」


 いつものポーカーフェイスで断るルシア。

 だが言葉と裏腹に尻尾は絶好調でぶんぶんと振れている。

 だからーー


「いいから行くぞ!」

「ご、ご主人様!?」


 俺は少々強引にルシアの手を取り転移魔法を使った。

 そして次の瞬間、俺たちは帝都の城下町にいた。

 広い石畳の大通り。

 その両端には出店が所狭しと並んでいる。


「さて、どこから回るか」

「ご主人様」


 ルシアがおずおずと俺を呼ぶ。


「お気持ちは嬉しいのですがただの使用人にこのようなことをするべきでは…」

「嫌だね。俺はルシアとここを周るまで帰らない」


 ルシアは困った顔をしたがやがて小さく微笑んで言った。


「全く……強引な方ですね」

「当たり前だ。俺は悪徳貴族の代名詞、ガラハルト家の当主だぞ? 強引、傲慢は得意技だ」


 それを聞いてルシアが僅かに微笑む。


「ルシア、昼飯は食ったか?」

「いいえ、まだです」

「じゃあとりあえず何か食うか」



 そして、歩きながら食い物屋台を物色しているとルシアが一つの屋台に目を止めた。


「それが食いたいのか?」

「はい」


 どれどれと覗き込んでみると『超巨大!!! 鶏の丸焼き!!!』と書いてあった。

 …食べ歩きが基本の屋台でこんなの売れるのか?


「……結構がっつり食うんだな」

「はい、お肉はいいです。食べると幸せになります」


 真顔で幸せと言われてもいまいち説得力がないが…。

 まあ本人が言っているのだからそうなのだろう。


「おっちゃん、これ1つもらえるか?」

「あいよ!」


 屋台のおっちゃんが元気に答える。

 二人分のお金を払おうとするとルシアが自分の財布を取り出して言った。


「ご主人様、自分の分は払います」

「おっさんが若い子に財布出させちゃ恰好つかないだろ? 俺のために頼むよ」

「…わかりました。ありがとうございます」


 そこまで言われては仕方ないと思ったのか、ルシアは財布をしまいそう言った。

 

「丸焼き1つ、お待ちどうさま! しっかし屋台でこんなの買うなんてお客さん変わってるね」


 売る側がそれを言っちゃおしまいだろ…。





 城下町が一望できる丘の上の広場。

 俺たちはそのベンチに座っていた。

 さすがにこれを歩きながら食べるわけにはいかないのでここまでやってきたのだ。

 隣ではルシアが幸せそうに尻尾を振りながら顔よりも大きいチキンにかぶりついている。

 『肉を食べると幸せ』というのは本当だったようだ。


「おいしいか?」

「はい」

「ならよかった」

「ご主人様」


 「どうした?」と言いかけた俺の口元にでかい鶏肉が差し出される。


「ぜひお食べください。おいしいので」


 ルシアが相変わらずの無表情でそう言った。


「いや、俺はーー」

「ぜひ」


 今日のルシアは押しが強いな。

 もしやテンションが上がっているのだろうか?

 だとするなら連れてきた甲斐があるというものだ。


「じゃあ少しもらうよ」


 そう言って鶏肉に齧り付く。

 すると皮のパリッという音とともに肉汁が口に溢れた。

 中身はしっとりとしていてパサつきは全くない。


「いやこれ、めちゃくちゃうまいな!?」


 全く屋台向きではないが味は貴族のパーティーでメインを張っても良いほど絶品だった。


「でしょう?」


 表情は変わらないがルシアの様子はどことなく得意気だ。

 そうして丸焼きがなくなり一息ついていた頃。

 ルシアがある一点を見つめているのに気づいた。

 眼下にひろがる綺麗な城下町。

 しかし、ルシアの見つめる一角だけは様子が違った。

 そこはどの建物もボロボロでいつ崩れてもおかしくないと思えるほど荒廃していた。


「…スラムか」

「はい、私とご主人様が出会った場所です」


 ルシアは懐かしむようにそう言った。

 帝都のスラム街。

 そこは帝国に搾取され尽くされた者の集う場所。

 帝都の闇の象徴だ。

 日々の暮らしもままならない程の重すぎる税に潰された者が毎日のようにスラムに捨てられていく。


「何とかしなければな…」

「だから毎日陛下に謁見なさっているのですか?」


 ルシアが尋ねる。


「ああ、そうだよ」

「ご主人様、少し嘘をついています」


 …鋭いな。

 その通りだ。

 破滅を回避するためには帝都の問題を解決しなければならない。

 そして、そのためにはエリシアの力が不可欠。

 だから毎日エリシアの元に行っている。

 それは嘘ではない。

 しかし、本当の理由が別にあるのもその通りだった。

 俺は気まずさを誤魔化すように頭を掻いた。


「…おっさんってのは若者にお節介を焼きたくなる生き物なんだよ」

「そうなのですか?」

「そうなんだよ」


 図星を突かれた気恥ずかしさもあって無理やり会話を切った。

 

「ご主人様、申し訳ございませんでした」


 すると、突然ルシアが頭を下げた。


「いきなりどうした!?」


 あまりに唐突で思わず大きな声が出た。


「私がご主人様にい救って頂いたようにきっと陛下にもご主人様が必要だと思ったのです。だとするなら、なおのこと私が拗ねるのはお角違いだと思ったのです」


 ルシアが真っすぐにこちらを見つめながら言った。


「買いかぶり過ぎだ」

「いいえ、そんなことはありません」


 ルシアは確信めいて言い切るのだった。






 あの後、ルシアは午後の仕事があるということで屋敷に帰って行った。

 俺はというと本日二度目の謁見に来ていた。


「アラベル・ガラハルトだ。謁見を願う」

「「断る」」


 しかし、いつもと違い兵達は首を横に振った。


「貴様の態度はとても一国の主に対する態度ではない」


 右の兵士が毅然と言った。

 そして左の兵士もそれに続くように口を開く。


「陛下はこの国の王なのだ。それを分かっていない貴様に会わせる訳にはいかない」


 …エリシアが王だと?


「ふざけるなよ、お前ら」


 俺は怒気を剥き出しにしてそう言った。

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