第5話 おっさん、遅れるってよ

Side 3人称


 シュライアの街。

 いつもは静かなこの場所。

 しかし、今日は違った。

 先程から絶えず轟音と悲鳴が響き渡っている。

 その発生源は10メートル以上はあろうかという岩の巨人だった。

 巨人がその腕を振るうと家屋が枯葉のように吹き飛ぶ。

 そして砕け散った家屋は瓦礫となって人々に降り注いだ。

 しかし、それが人々を襲うことはなかった。

 突如として出現した土の壁がそれらを防いでいた。


「長くは持たん!! 早く逃げるのだ!」


 声の方には右手の杖を掲げるドルバットの姿があった。


「し、しかし領主様は!?」

「既に増援は呼んである! だから安心して避難せよ!!」

「は、はい!」


 市民達がその言葉を受けて逃げて行った。


「おいおい随分と優しくなったなぁ、領主様」


 巨人の内部から若い男の声が聞こえた。


「市民を逃がすために一芝居とは、泣ける話じゃねえか」


 男の言う通りだった。

 突然の出来事に増援を呼ぶ余裕などなかった。

 加えて、普段なら暇そうに常駐している兵も今は採掘のため全員鉱山に出払っている。

 増援を期待するのは絶望的だった。


「その声…兵士のシュライツか!?」

「大当たり~!!」


 シュライツと呼ばれた男が「ギャハハ」と下品に笑う。


「それは秘密裏に開発していた『搭乗型ゴーレム』!? どうしてそれを!?」

「盗んだんだよ、アンタの屋敷からな! そんなことも分かんねえのか?」

「何故だ!? 何故こんな事を!?」

「何故、だと?」


 それまで軽かった男の雰囲気が変わった。


「てめえのせいだよ!!」


 強い怒気の籠った声でシュライツは叫んだ。


「散々貧民を食い物のしてきた癖に今さら善人ぶりやがって!! おまけに貧民共の代わりに働けだと? 何でオレがそんなことしなくちゃならねえ!! 甘い汁を吸えるからここにいるのにこれじゃ台無しじゃねえか!!」


 ドルバットは何も言い返せなかった。

 何故なら目の前の男が自身の罪の具現化だということに気づいてしまったからだ。


「お! 良い事思いついた!」


 シュライツの声音が再び軽い調子に戻る。


「お前が立っている限りは市民に手を出さないでやるよ」

「何だと?」

「その代わり、お前がくたばったり逃げ出したりしたら市民は全員殺す。良い考えだろ?」


 ドルバットはあまりに残酷なその提案に絶句した。


「そんじゃ早速、よーい…スタートっ!!」

「っ!?」


 掛け声と共にゴーレムの拳がドルバットに襲い掛かる。

 ドルバットが杖を掲げる。

 すると杖の先端が黄色に光り輝き、地面から土の壁を出現しそれを防いだ。

 

「やるじゃねえか、けどいつまで持つだろうなあ!!」


 ゴーレムが両の拳を何度も何度もドルバット目掛けて叩きつける。

 ドルバットはそれを土の壁で防ぐ。

 しかし、ドルバットが次第に疲弊していっているのは誰の目にも明らかだった。

 ドルバットは嵐の様な連撃を必死に防ぎ続けた。

 そして、それがしばらく続いた後、シュライツが攻撃の手を止めた。


「頑張るじゃねえか。けど、そろそろ限界だろ?」

「私を舐めてもらっては困るな」


 ドルバットが精一杯の虚勢を張る。


「カッコつけてんじゃーー」

「きゃっ!」


 突然少女の声が辺りに響き渡った。


「なんだぁ?」


 ゴーレムが声のした方を振り返る。

 すると幼い少女がすぐ後ろで転んでいた。

 恐らく逃げ遅れたのであろう少女はゴーレムを見上げ震えあがった。

 それを見たシュライツは実に楽しそうな声で言った。


「またまた面白いことを思いついたぜ~!」


 ドルバットは背筋に冷や汗が伝うのを感じた。


「知ってんだぜ~、領主様。アンタが土壁を出せるのは一度に一つが限界。それじゃあよ…」


 ドルバットはゴーレム越しにシュライツがニヤリと笑うのを感じた。


「このガキとアンタを同時に殴ったらアンタはどうするんだろうなぁ!!」

「なっ!?」

「いくぜ、領主様ぁ!!」


 ゴーレムが拳を振り上げた。


「アンタの本性、見せてくれよおおおお!!!!!」


 少女と自身に振り下ろされる拳。

 ドルバットが杖を掲げる。

 そしてーー少女の前に土壁を出現させた。

 ドルバットは迫りくる巨大な岩の塊を前に己の無力を呪い、目を閉じた。

 しかし、いつまでも衝撃が訪れることはなかった。


「よくやった、ドルバット」


 突然降ってきた声にドルバットは目を開いた。

 そこには巨人の拳を左手一つで抑え込む帝国宰相ーーアラベル・ガラハルトの姿があった。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る