第4話 おっさん、腰抜かしたってよ

 翌朝。

 髪、髭、服の皺、それから腰に剣を刺してと…。

 よし、全て問題なし。

 おっさんだからこそ身だしなみには気を使わないとな。

 清潔感のないおっさんは本当に世間の目が冷たいからな…。

 するとノックの音と共にルシアの声が聞こえた。


「ご主人様、ドルバット子爵が朝食を用意してお待ちです」

「わかった。すぐ行く」


 言って俺は扉を開け廊下に出る。

 しかし呼んでいたはずのルシアの姿が見当たらない。


「おはようございます」


 声の方を見ると数メートル離れた柱の陰から無表情に顔だけ出したルシアがいた。


「おはよう、何か遠くないか?」

「……そうでしょうか?」

「いや、そうだろ」


 俺がそう言うとルシアがおずおずと柱の陰から出てきた。

 心なしか顔が赤い気がする。


「どうした? どこか悪いのか?」

「いえ、大丈夫です。ただ…」

「ただ?」

「泣いている所を見られたのが少し恥ずかしくて…」

「あー…なるほど」


 そりゃそうだわ。

 俺の配慮が足りなかったな。

 しかし恥ずかしいとは言うが少し顔が赤い以外は無表情なので分かりづらーーいや、二つの犬耳がくるっとまるまっている。

 ……恥ずかしいとそうなるのか。

 俺たちは若干の気恥ずかしさを抱えながら食堂へ向かった。

 道中、会話はなかった、というか雰囲気的に振れなかった。

 食堂の扉を開けると笑顔のドルバットが俺たちを迎えた。


「おはようございます。宰相殿、ルシア殿」

「どうしたんだ、それ!?」


 俺はドルバットを見て驚いた。

 何故なら彼の顔が青あざだらけだったからだ。

 その傷はどう見ても殴られた痕。

 しかもあざの数を見るに一人二人にやられたのではなくもっと大勢だ。


「ああこれですか。因果応報というやつです、お気になさらず。それよりも食事の準備ができておりますのでこちらへどうぞ」


 そう言ってドルバットは食事の並んだテーブルの方へ歩いて行く。

 すると、ルシアが近づいて来てこっそり耳打ちした。


「昨日の夜、たまたま見かけたのですが市民一人一人に今までの事を謝罪して回っていたようです」

「本当か!?」

「ただの自己満足ですよ」


 その会話が聞こえたのか、ドルバットがバツの悪そうな顔で振り向いた。


「謝罪した、とは言いますが結局はただの言葉に過ぎません。そこには確証も根拠もない」


 そう言うドルバットを見て俺は絶句した。

 こいつは本当に『あの』ドルバット・シュライアなのか?

 ゲームでのこいつは私腹を肥やすだけの悪徳領主でアルスに成敗されていた。

 それがこの変わりよう…。


「宰相殿のおかげです」


 俺の考えを読んだかのようにドルバットが言った。


「民や兵士は主の権威ではなく、その姿勢や行動についていくものだと立場を気にせず動く宰相殿を見て気づかされたのです。私も権威や言葉だけでなく行動で示さなければならない。償いはこれからです」


 こいつ、もはや別人じゃねえか。

 今のドルバットからは以前の下品さやいやらしさを全く感じない。

 むしろ、誠実な雰囲気を纏っていた。

 俺はドルバットのあまりの変わりように呆然とするのだった。

 


 ◇



 朝食を取った後、俺とルシアは採掘のため鉱山へと向かった。

 ちなみにドルバットはまだ回り切れていない市民の元へ謝罪に向かった。

 いや、本当に誰だよ…。


「ルシア、別にお前は市民の様子を見ててもいいんだぞ?」

「いえ、もう私が様子を見ていなくても大丈夫でしょうから手伝わせてください」

「そうか、ありがとう」

「いえ」


 言葉だけだとそっけないが尻尾をぶんぶん振っているので喜んでいるのは分かった。

 それを見て俺は一つ提案を思いついた。


「なあルシア」

「なんでしょうか」

「何かしてほしいことはないか?」

「してほしいことですか?」


 ルシアがこてっと首を傾げた。

 一見分かりにくいが彼女には彼女なりの嬉しさや喜びがある。

 ほとんど自由のない生活の中で俺に尽くしてくれるルシアを労ってやりたいと思っての提案だった。


「少々ぶしつけなお願いなのですが…」

「おう、いいぞ。何でも言ってくれ!」

「…では、もしも私を褒めて下さることがあれば一緒に頭を撫でてほしいのです」

「え? それだけでいいのか?」

「はい」


 ルシアは耳をくるっとまるめながらそう言った。


「そうか…」

「はい」


 それなら早速褒めてみようか。


「ルシア、いつも助かっているぞ。ありがとう」


 俺は言いながらルシアの頭を優しく撫でた。

 

「っ!?」


 するとルシアの顔がみるみるうちに赤く染まっていき、元々丸まっていた耳が更にギュッと丸まる。

 さらに尻尾をちぎれんばかりの勢いでぶんぶんと振っていた。

 …これは嬉し恥ずかし、という意味か?

 俺はどのタイミングでやめればいいのか分からず、しばらくルシアの頭を撫で続けるのだった。



 ◇


 

 俺とルシアが採掘場に着いたころ街の方から突然轟音が響き渡った。


「なんだ?」


 訝しんでいるとやがて街の方から市民と思しき男が一人、慌てた様子でこちらに駆けてきた。


「助けてくださいっ!! このままでは領主様が死んでしまいますっ!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る