第3話 おっさん、泣かせたってよ

 俺は青い顔のドルバットに言った。

「まず、今働いている市民全員に明日まで休暇を与えろ!!」

「きゅ、休暇!? お言葉ですが貧民共に休暇など……それにそんな事をすれば採掘が止まってしまいます!」

「なら、俺も手伝ってやるからお前とその私兵がやれ!! それから『貧民』ではなく『市民』だ。間違えるな」

「で、ですが…」

「『宰相の』俺が作業するって言ってるんだ。まさか一領主貴族が断ったりしないよなあ?」

「は、はいっ!」


 その後、ドルバットは慌てて指示を出し始めた。

 大分強引に進めてしまった。

 現代社会ならパワハラも良い所だが、ああいう輩には地位を押し付けるのが一番いい。

 これも平和のため。

 神様も多少は許してくれるだろう。


「ルシア、お前は帰った市民達の様子を見ててくれるか?」

「かしこまりました」


 言われた通り市民を追おうとするルシア。

 しかし、俺はあることを思い出してルシアを呼び止めた。


「あ! ちょっと待った。これを持って行け」


 そう言って俺は胸元に着けた剣と盾をかたどった記章をルシアに投げ渡した。


「これはっ!? ガラハルト家の家紋ではありませんか!?」


 ルシアが珍しく大きな声を上げた。

 獣人差別は根深い。

 だが、ガラハルト家の記章をつけていれば手を出す輩もいないだろう。

 まあ、仮に何かあっても『ルシアなら』自力で何とかするだろうが…。


「面倒事は避けた方がいい。シュライアにいる間は着けておけ」

「ですが…、ただの使用人が着けて良いようなものではありません」

「そうは言うがその記章も結局はただの『もの』に過ぎない。有効に使うに越した事はないだろう?」

「そこまで言うのであれば…」


 ルシアは渋々、と言った様子で記章を胸元に着けた。


「似合ってるじゃないか」


 冗談っぽく褒めるとルシアは「畏れ多いです」と言って今度こそ市民達を追うのだった。





 洞窟内にカンコンカンコンと鉄と岩のぶつかる音が響く。

 それはきっといつもと変わらぬことだろう。

 違うのは作業をしているのが兵士と領主だということだ。

 その中で一人の兵士が声を上げた。


「領主様! スコップが壊れました!!」

「ならば素手で掘るのだっ!!!」

「ですがーー」

「宰相殿を見よ!!」


 ザクザクザクザク!!←俺が素手で洞窟を掘り進める音。


「なっ!?」


 一人の兵士が絶句していると、今度はまた別の兵士が声を上げた。


「領主様! ツルハシが壊れました!!」

「ならば頭突きで採掘するのだっ!!!」

「そんな無茶なーー」

「宰相殿を見よッ!!!!」


「フンッ! フンッ! フンッ!」←俺が頭突きで岩盤を砕く音。


「あ…、あぁ……」


 兵士の口から情けない声が漏れた。


「実質的な国のトップ自らが前に出る……!! 何と素晴らしい姿か!!!」


 ドルバットが何故か感動している。

 いや、破滅しないために必死なだけなんだけど…。


「宰相殿がここまでしてくれているのだ!! 我々も遅れは取るな!!」


 領主の声に兵士が困惑しながらも頷いた。

 すると、洞窟の入口の方から数人の市民が歩いてきた。

 恐らく突然の休みにどうしていいか分からず様子を見に来たのだろう。


「おいおい…貴族や兵士は道具を使うことすら許されないのか…」

「もしかして俺たちより扱い酷いんじゃ……」


 ……奴隷同然の扱いを受けていた者達にドン引きされた。


「チッ…」


 と、隅の方で一人の若い兵士が舌打ちした。

 彼はドルバットに恨めし気な視線を送っていた。





 ドルバットの屋敷、その客室。


「ふぅ…」


 俺は窓から覗く月を見上げながら椅子に深く身を預けた。

 目の前の机には全市民の名簿とたった今完成した採掘作業のシフト表が置かれている。

 気づけばすっかり深夜だ。

 すると、ノックの音と共にルシアの声が聞こえた。


「紅茶をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ」


 ルシアは部屋に入ってくると俺の目の前の机に紅茶を置いた。


「ありがとう。ちょうど一息つきたかったところだ」

「いえ、お役に立てたならよかったです」


 ルシアの尻尾が嬉しそうに揺れた。

 それを見て俺は前世を思い出してからずっとあった疑問を尋ねることにした。


「……なあ、ルシア」

「はい」

「お前は俺が怖くないのか?」


 ルシアは心底不思議そうな顔を浮かべてぽかんとした。


「どういう意味でしょうか?」


「俺はお前を無理やり拾ってきて散々酷い思いをさせた。今も無理をしているんじゃないか? もし、そうなら俺はお前を自由にしたい。もちろん裸で追い出すような真似はしない。生活に困らないよう援助をーー」

「お断りします」


 ルシアの声が俺の言葉を遮った。

 

「だがーーっ!!」


 反論はできなかった。

 何故なら怒りすら感じるようなルシアの強い意志のこもった視線に射貫かれたから。


「ご主人様は雨の降る夜に冷たい地面で寝たことはありますか? 寝込みを人攫いに襲われたことは? 身包みを剥がれたことは? 空腹で死にかけたことは?ーー今の私には雨風を凌ぐ家も、安心して眠れる時間も、ご飯も、全てあります」

「そうかもしれない…だが、俺がルシアを拾ったのは善意じゃない! 現に俺はお前が屋敷の者に嫌がらせを受けているのを知っていたにも関わらず知らない振りをした! 笑ってすらいたんだ!」

「知っています」

「それならーー」

「私を助けたのは名も知らぬ善人ではありません、貴方です。私は貴方に救われたのです。」


 その言葉には、声には、視線には、有無を言わせぬ迫力があった。


「確かに悪意があったのかもしれない…でも! 私はその悪意に救われたのです! 自分を救った相手に恩を感じるのは、尽くしたいと思うのはおかしいですか? いけない…ことですか?」


 ルシアは、泣いていた。

 彼女がこんなにも感情を露わにしているのは初めて見た。

 俺は何も分かっていなかった。

 勝手な決めつけで彼女を傷つけた。

 

「……ルシア、すまない。俺はやはり自分勝手な男だったようだ」

「はい」


 ルシアは涙ぐんだ声で答えた。


「ルシア…」

「はい」

「これからも側にいてくれるか?」

「っ!ーーはいっ!」


 ルシアは涙を流しながら、そして満面の笑みを浮かべながら頷いた。

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