第2話 おっさん、ブチギレたってよ

「シュライア、ですか?」

「ああ、ちょっと野暮用でな」


 ルシアがこてっと首を傾げた。

 何をしに?、と言いたげな顔だ。

 それももっともだろう。

 鉱山都市シュライアはこの帝都からすれば辺境もいいところだ。

 帝国のNo.2たる宰相がわざわざ足を運ぶような場所ではない。

 地位のある貴族が辺境に赴くことがあるとすれば暇潰しの蹂躙目的だろう。

 ーー親父のように。

 だが、意外にも以前の俺はそういったことはしなかった。

 何故ならアラベル・ガラハルトという男は『何かを支配する』ということにしか興味がないからだ。

 既に支配しているものには興味を示さない。

 だからこそルシアは不思議がっているのだ。

 その目的はもちろん破滅を回避するためだ。

 シュライアは『ファンタジア・サーガ』では最初に目指す街だ。

 だから、先回りしてそこの問題を解決してしまおうという訳だ。

 ちなみにゲームの主人公であるアルスがシュライアに着くまで多く見積もっても5日、シビアに行くなら4日だ。

 最低でもアルスが到着する前日、つまり後3日でシュライアを平和にしなければならないということだ。


「では、馬車を用意致します」

「いや、それだと遅すぎる。側に来てくれるか?」

「かしこまりました」


 ルシアが俺の隣にぴったりくっついた。

 比喩ではなく文字通り。

 俺の左腕と彼女の右腕が触れあっている。


「……近過ぎないか?」

「そうでしょうか?」

「まあ、お前がいいなら構わないが…」

「はい」


 ルシアの尻尾は絶好調でぶんぶん振れている。

 よく分からないが嬉しそうならいいか。

 俺は疑問を頭の隅に押しやって目を閉じ、想像した。

 思い浮かべるのは岩山に囲まれた無骨な街。

 やがて、俺たちを取り囲む空気が変化した。

 鼻をくすぐるのは土の匂い。

 そして、少し埃っぽい空気。

 目を開くと目の前には西部劇のような街並みが広がっていた。

 見渡せば街の外には大きな岩山が広がっている。

 ここがシュライア、鉱石採掘が盛んな鉱山都市だ。

 

「『転移魔法』、ですか」

「ああ」


 そう、これがアラベル・ガラハルトの強さの理由。

 ファンタジア・サーガにおけるアラベル・ガラハルトは回復系以外のほぼ全ての魔法と剣術を操る隙のないキャラクターだ。

 しかし、彼の最大の武器は別にある。

 それは彼だけが使うことのできる固有魔法『転移魔法』である。

 自身の思い浮かべた場所に対象を瞬時に転移させる能力。

 シンプルかつ強力な力だ。


「とりあえずここの領主に会いに行こうか」

「はい」

「…所で、もう離れても大丈夫だぞ」


 俺は相変わらずぴったりくっついたままのルシアにそう言った。


「……はい」


 ルシアは相変わらずの無表情でそう言うと俺から離れた。

 しかし、どこか名残惜しそうに見えるのは俺の気のせいだろうか?

 俺はそれを不思議に思いながら歩き出すのだった。





 薄暗く広大な空間が広がる洞窟内。

 俺とルシアは今シュライアの採掘場に来ていた。

 そこにはーー


「おら! 休むな! お前らが休めるのは死んだときだけだ!」

「うっ…、うぅ…」


 お手本のような兵士と貧民達の姿があった。


「どうですかな? 宰相殿。このように採掘は滞りなく順調に進んでおります」


 隣で裕福な身なりの肥え太った男が揉み手しながらそう言った。

 この男はシュライアを統治している領主貴族のドルバット・シュライア子爵。

 見たまんま悪役貴族だ。

 強欲で好色、今も俺の機嫌を窺いつつルシアの尻や胸に不埒な視線を送っている。


「どうだ、だと?」


 自分でもびっくりする程低い声が出た。


「ひっ、お、お気に召しませんでしたか、申し訳ない!」


 ドルバットは冷や汗を浮かべながら頭を下げると、部下達に叫んだ。


「おい貴様ら! 何をちんたらやっている! もっとキビキビ動かんか!!」


 ドルバットが貧民達に罵声を浴びせる。

 そうじゃ…


「そうじゃねえだろおおおおおおおお!!!!!!!!!」


 こんな光景アルスが見たらブチギレ間違いなしじゃねえか!

 そんでもって破滅ルートまっしぐら、俺は現世とサヨナラバイバイ確定!

 

「ど、どうしましたかな? 宰相殿。何か私共に不手際がーー」

「不手際しかねえわっ!!!」

「ひいッ!?」

「いいか!! とにかく俺の言う通りにしろ!! わかったか!!」

「は、はいっ!」


 すっかり青ざめたドルバットが裏返った声で答えた。

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