おっさんになって前世を思い出した悪役貴族~破滅寸前ですがここから挽回します~

白田 二斗

1章 鉱山都市シュライア編

第1話 おっさん、破滅するってよ

なあ? 異世界転生ってどう思う?

 俺は正直憧れてたよ。

 毎日毎日仕事漬けで帰って寝るだけの日々。

 気づけばいい歳になっていて、きっと死ぬまでこうして無気力に生きていくのだろうとおもっていた。

 だからここではないどこかで人生をやり直したいと希望を抱いた。

 …いや、ちょっとカッコつけたわ。

 『異世界行って無双してえ』ってイタイ妄想してたおっさん、それが俺だ。

 そして、今この瞬間、その妄想は現実となった。

 だけど…だけどなあ!!


「破滅目前のおっさん悪役貴族とかあんまりだろおおおお!!!!!!!!」


 俺が前世を思い出したのはほんの数時間前のことだ。

 階段から落ちて気を失い、次に目覚めた時に俺は全てを思い出した。

 そして、いかにも金持ちの貴族といった豪華な部屋のこれまた無駄に豪華な姿見を前にした瞬間、俺は気づいてしまった。

 あれ? これ、俺がやり込んでたゲームの悪役貴族じゃね?

 そこに写っていたのはオールバックにした銀髪に赤い瞳、冷酷な悪役フェイスのイケおじ。

 それは俺が前世でやり込んだRPG、『ファンタジア・サーガ』に登場する悪役、『アラベル・ガラハルト』だった。

 そう、問題はそこなんだ。

 ゲームの世界に転生する、そこはいい。

 まずいのは俺が『アラベル・ガラハルト』だということ、そして『前世を思い出したタイミング』だ。

『ファンタジア・サーガ』の大筋はこうだ。

 この大陸全土を支配するバルファリア帝国。

 そこで主人公の少年『アルス・ワーグナー』は師匠と共にとある村で剣と魔法の修行に励んでいた。

 しかし、ある日、帝国の貴族率いる兵が村を襲った。

 なんとか村を守った二人だが、師匠はその戦いで帝国貴族と相打ちになって死んでしまう。

 そんな師匠の意思を継いだアルスが帝国打倒の旅に出る、というところから物語は始まる。

 道中、仲間を増やしながら帝国に辿り着いたアルス。

 そこで諸悪の根源だと思われた女王が実は宰相に脅されていただけだと判明。

 この宰相がとにかく嫌な奴でその癖、作中トップクラスの強さなのだ。

 そんな状況の中、アルス達に励まされた女王が民や兵を率いてアルス達に協力し、最後は覚醒したアルスが無事宰相を倒してハッピーエンドというのがこのゲームのストーリーだ。

 この宰相というのが何を隠そう『アラベル・ガラハルト』その人である。

 そして、ゲームは既に始まっている。

 何故分かるかって?

 実は俺が宰相になったのはついさっきなんだ。

 ガラハルト家は代々帝国の宰相を務めてきた名門貴族家系。

 そして、先代の宰相である俺の親父が先日とある村で戦死した。

 もう分かるだろう?

 アルスの師匠と相打ちになった貴族というのが親父だ。

 つまりもうゲームは始まってしまっているのだ。

 ちなみにアルスがアラベルを倒すまでにかかった期間は約1カ月だ。

 つまり俺の余命も後1カ月って訳だな!


「ってふざけんなよ!」


 えっ? 

 こういうのって普通、子供のころから破滅フラグを回避するために色々やるもんじゃないの?

 なんでこんなおっさんになってから思い出してんの?

 遅すぎない?

 …まあ、文句を言っても始まらない。

 とにかく、この破滅を阻止しなければならない。

 しかし、どうする?

 今すぐアルスを殺しに行くか?

 いや、前世を思い出す前ならともかく、今の俺にそんなことはできない。

 もっと平和的なーー平和?


「そうだ! 平和だ!」


 アルスの目的は『悪逆非道な』帝国を打倒すること、つまりその『悪逆非道な』帝国がなくなっていれば俺が破滅することはない。

 ようはーー


「俺が1カ月で平和な帝国に変えればいい!!」


 正直、1カ月で国を変えるなんて無茶も良い所だが、破滅待ったなしのこの状況。

 やれることが見つかっただけでも上出来だ。

 そしたら、まずはーー


「ご主人様、どうかなされましたか? 入ってもよろしいですか?」


 考えを巡らせていると部屋の外から感情の読み取れない平坦な女性の声が聞こえた。

 声が外まで響いていたようだ…。

 

「ああ、大丈夫だ」


 「失礼します」という声と共にメイド服を纏った女性が入ってきた。

 肩の辺りで切り揃えられた綺麗な銀色の髪に染み一つない滑らかな白い肌、大きく澄んだ青い瞳。

 引き締まっているのに出るとこは出ているスタイルの良さと整った顔立ちが目を惹く。

 しかし、最も目を惹くのは頭に生えた2つの犬耳と背後から覗く銀色のふさふさな尻尾だ。

 概ね人と変わらない外見でそれだけが異彩を放っていた。

 そんな彼女ーー『ルシア』が無表情に、しかし真っ直ぐに俺を見つめている。


「平気そうですね、安心しました」


「心配かけて悪いな、ルシア」


 するとルシアが大きく目を見開いて驚きの表情を浮かべた。


「どうしたんだ?」


「失礼致しました。名前を呼ばれたのは初めてなので少々取り乱しました」


「え?」


「いつもは『駄犬』と呼ばれるので」


 そうだったあああああああ!!!!!!!

 この国において獣人は差別対象なのだ。

 俺は十年前、まだ小さかった死にかけのルシアを拾った。

 優しい? 

 とんでもない!

 俺は暇つぶしに獣人を飼おうとルシアを拾った。

 そして、屋敷内で酷い扱いを受けるルシアを見て笑っていたのだ。

 前世を思い出す前の俺はそういう絵に書いたような悪役貴族だった。

しかし、ゲームでは皆がアラベルを討伐しようとする中、ルシアだけは最後までアラベルに付き従ったままだった。

 恐らく長年刷り込まれた恐怖から裏切れなかったのだろう。


「いや、すまなかった…。これからはきちんと名前で呼ぶ」


「そうですか、かしこまりました」


 ルシアは無表情でそう言った。

 相変わらず感情が読めなーーいや、尻尾がゆらゆらと横に揺れている。

 嬉しいのか?

 まあ、長年自分を虐げて来た男が頭を下げたのだ。

 きっと胸がすいたのだろう。

 

「ルシア」

「はい」


 相変わらずの無表情だが『ルシア』と言った瞬間、尻尾が大きくぶんっと振れた。


「下がっていいぞ」

「はい」


 尻尾がシュンと下がった。


「……ルシア」

「はい」


 尻尾がぶんぶん振れる。


「やはり好きにしていいぞ」

「かしこまりました」


 尻尾がプロペラの如くぶんぶん回っている。

 名前を呼ばれただけでこれとは。

 余程今までが辛かったのだろう。

 元凶の俺が言えたことではないが、部屋から出して屋敷の者に嫌がらせを受けるならばここにいた方が幾分マシだろう。

 そして最後に俺が部屋を出て行けば完璧だ。

 今さらだが彼女には少しでも気を休めてほしいと思った。


「俺は出てくるがここにいて構わない。好きにしててくれ」

「かしこまりました」


 そう言って部屋を出ると何故かルシアもついてきた。


「……好きにして構わないと言ったはずだが?」

「はい、好きにしています」


 相変わらず感情が読み取りにくいが、無理をしているようには見えなかった。

 俺は「そうか」とだけ答えて歩き出した。


「ご主人様、どちらに向かわれるのですか?」


「そうだな、まずはーー」


 ゲームにおいて最初に目指すことになる街。


「鉱山都市シュライアだ」

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