四――足立くるみの述懐
十月三日
お守りを作るのが好きだ。元々裁縫は得意だった。小学校の頃、ミニバスの先輩が揃いのミサンガを作ってくれた。それを受け取って、私もやってみたいと思った。
今年の体育祭のときは残念ながら、作れなかった。その前の試験の成績が散々で、お母さんにこってり絞られたから。学校の宿題を放り出してお守りを作ることは、許されなかった。
夏休み明け試験はきっちり勉強して、褒められるくらいの点を取れた。人代作りもあるから忙しいけれど、合唱祭まで時間もない。
「今年は作らないの? お守り」
そんなとき、沙織ちゃんからそう言われた。いつもの帰り道で、坂を下りきったときのことだ。やけに神妙な顔だった。
「作るよ! 合唱祭近いし。今週お母さんと材料買いに行くの」
ふうん、と沙織ちゃんは言って、お守りの話はそれきりだった。部活の話とか、人代流しの話とか。いつも同じ話題な気もするけど、飽きないのはなんでだろう。
分かれ道まで来て、沙織ちゃんに手を振る。そのとき、
「私も、行っていいかな」
「ん? どこに?」
「お守りの材料、買うのに」
「もちろん!」
まさか沙織ちゃんが、そんなこと言うなんて!
いつも私に付き合ってくれるけれど、その反面温度差を感じていた。それは沙織ちゃんだけじゃない。みんな、ちょっと私のこと鬱陶しいと思ってるんじゃないかって。
だから、大きな声が出てしまった。
「日曜日ね! あとで電話する!」
手を振る沙織ちゃんはどんどん小さくなるけれど、その顔はいつもより嬉しそうだった。私の気のせいじゃないと良いな、と思った。
十月十五日
沙織ちゃんと買い物に行ってから毎日、二人のの机をくっつけて、材料を広げた。
沙織ちゃんも買い物に来るとお母さんに話したら、豊田市の方まで車を出してくれたのだ。
いつも行く市街地のお店とは比べものにならないくらい、品揃えが良かった。綺麗な青いフェルトがあって、沙織ちゃんはそれに一目惚れしたようだ。沙織ちゃんは遠慮したけれど、結局、私とは別にその布で何かを作ることになった。
私はともかく、沙織ちゃんが何かを作るのが珍しいみたいで、クラスのみんなは代わる代わる覗き込んできた。特に美代ちゃんなんかは楽しそうに、
「へえ、沙織ちゃんって器用なんだねえ」
「うん、いや、そんなことないけど……」
「これ、サメでしょ? 可愛い!」
確かに、沙織ちゃんが作るフェルトの人形は可愛らしい。でも、結構作るのは大変だ。沙織ちゃんは凝り性だから、細かいヒレとかも再現しようとしている。
倉庫の鍵の件で美代ちゃんに味方したのは、そのためだった。
係が残っていないと人代を作れないのは効率が悪い。早く人代を作って、お守りの方に専念したかった。
こころちゃんと法子ちゃんには、悪いと思っている。でもそのおかげで、私と沙織ちゃんは一昨日には人代を完成させられた。
合唱コンの練習開始まで、あと一週間。一年生の分はまだだけれど、二年のみんなの分はもう完成しそうだ。
そのとき、教室の扉が開いた。
「あ、ハナちゃん!」
「花田先生でしょ。二人とも、まだ帰ってなかったの?」
「うん。人代は作り終わったんだけど、こっちがまだで」
そう言ってお守りを見せると、ハナちゃんは眼鏡を押さえながら、ぐっと顔をこちらに近づけた。「へえ、名前も縫い込んでるんだ。中には何が入ってるの?」
「内緒! お守りは中見ると効果なくなっちゃうんだよ」
「そっかそっか。じゃ、覗かないようにしなきゃね。今年は瀬田さんも作ってるんだ」
「……はい、ちゃんと、先生の分も」
「お守りもちゃんとあるからね」
「なんか催促するみたいになっちゃった。ありがと、楽しみにしてるね」
ハナちゃんは、私たちのやることをきちんと受け止めてくれる。先生というより、友だちみたいに。それでも授業のときは、ちゃんと言うことを聞く気になるのが不思議だ。
「ところで人代なんだけどさ、浦川くんのはどうなってるか、知らない?」
「んー、多分だけど、作ってないんじゃないかな」
「作らないの、って聞いても無視されて……」
浦川くんは、小学校の頃はもっと明るかったはずだ。一緒に鬼ごっこをした記憶だってある。けれど、美代ちゃんとはよく喧嘩していて、だから今のクラスは居心地が悪いんじゃないかとも思う。
「そっか……」
浦川くんのことはハナちゃんも悩んでいるらしい。先生らしい顔をして、そのまま教室を出て行った。そしてぼやくように、
それから三十分くらい。まだ何とか、夕焼けが明るいくらいの時間になって、ようやく全員分のお守りとマスコットが完成した。
四角い缶ケースに、それらを丁寧に並べる。ケースが大きくて机には入らないから、仕方なく出しておくことにした。明日の朝に配るから、一日くらい大丈夫だろう。
倉庫の鍵の場所をハナちゃんに黙っていること、美代ちゃんに味方したこと。お守りを作っている間は気にならなかった罪悪感が、今更湧いてきた。
「くるみ、もう暗いし早く帰ろうよ」
沙織ちゃんの声で現実に戻される。この罪悪感と引き換えに得たのは、沙織ちゃんとの時間だ。これで良いんだと、思う。でも問題は、肝心の私がそう思い切れないことだった。
十月十八日
お守りは完成させた次の日の朝、みんなに配った。浦川くんも何だかんだ受け取ってくれていたし、クラスの絆も深まった気がする。だから、数日間は、私は晴れやかな気分で過ごすことができた。
そんな折、美代ちゃんが死んだという話が耳に入った。
人代流しは中止になった。合唱祭も多分、なくなるだろう。家にいるようにとハナちゃんは言ったけれど、そんな気分じゃなかった。埃の積もったバスケットボールを持ち出して、公園に行った。高台にある、町が見渡せる公園だ。バスケットゴールと滑り台があるだけの公園。
ゴールめがけて、シュートしてみる。ボールが吸い込まれ、すとんと地面に落ちる。懐かしい感覚だった。身体はしっかりとフォームを覚えていた。それなら何故、確かにいたはずの美代ちゃんはいなくなってしまったのだろう。
お守りを取り出すと、勝手に涙が溢れてきた。これを受け取ったときの美代ちゃんの顔。こんなお守りに、効果なんてなかった。
気づけば、袋の口を思い切り裂いていた。
「くるみ!」
沙織ちゃんの声は、私を叱るでもなく宥めるでもなく……ただ心配しているのだと分かった。駆け寄ってきた沙織ちゃんの身体に、反射的にすがりついていた。
「ねえ、くるみ……それ」
沙織ちゃんは私の背中をさすりながら、地面の方を指さした。お守りが転がっている。沙織ちゃんは私を軽蔑しただろうか。せっかく作ったお守りを、こんなふうにしてしまった私を。
「その破片、何?」
だが、よく聞くと、沙織ちゃんが見ているのは別の物だと分かった。お守りを引き裂いた中から出てきたのは、何かの破片。私が入れたのはみんなへのメッセージだ。その紙もあるけれど、それとは別に破片が入っている?
沙織ちゃんはお守りを取り出して、口を縛る糸を、丁寧にほどいた。それが開かれ、同じ破片が現れる。
「……何これ」
手を切らないように、指先で慎重につまむ。所々錆びていて、古い物だと分かった。よく見ると反射しているから、鏡だろうか。
「よく分からない。でも、なんか気持ち悪いよこれ……他のみんなのお守りにも入ってるかも」
私はこんなもの、入れていない。つまり誰かが入れたのだ。少なくとも、私と、沙織ちゃんのお守りには。
美代ちゃんの死と、何か関係がある?
沈黙が無性に怖かった。
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