法子が話し終えるのを待って、則人は、ありがとう、と言った。

 遺体を、それも尋常ならざるものを間近で見たのだ。随分堪えたのだろう、法子は疲弊していた。

「少し、休んでなさい」

 善蔵が促すと同時に、奥から割烹着姿の老女が現れた。彼女に連れられ、法子は建物の方へと消えていく。その間際、則人が声をかけた。

「最後にひとつだけ――美代ちゃんの部屋には、人代はあった?」

 法子は、首を横に振った。

 彼女の姿が見えなくなってから、善蔵は口を開いた。

「蛆釘がまだこの村に残っていた。美代ちゃんはまじないや占いが好きだったから……どこかで話を聞いてしまったんやろう。中学生が、誰かを呪うほど恨んでいたとは、思いたくないが……」

「本気で信じていたかどうか。むしろ、憂さ晴らしくらいだと思いますが」

「それで、蛆釘っていうのは? 具体的にどんな呪器なんですか?」

 麦は蛆釘について多くを知らない。それによって呪われた者の死に際、それから形状――要は、法子が語った程度の知識である。

「藁人形を釘で打ち付けるって話があるでしょう。大筋はあれと一緒です。ただ打ち付ける対象は、手作りのものならなんでも構わない。それの作り手を呪う。そういう呪器です」

 そこまで聞き、麦は、理屈に合わないと気がついた。

 美代の手には蛆釘が握られていた。それに、誰かの人代を盗んだところも見られている。状況から考えれば、美代が誰かを呪ったという構図になる。

 けれど、実際に死亡したのは美代自身だ。

 そのことを尋ねようとしたとき、また、新たな来客があった。二人組の少女である。

片方は小柄で、頬のふっくらした少女。リスのようだ、と麦は思った。

もう片方は黒髪の艶やかな、切れ長の目の少女。素の表情なのか、訝しげに辺りを見回している。

「あの、神主さん」

 小柄な方が口を開いた。「ちょっと見てほしいものがあるんですけど」

 そう言いつつ、目線は則人と麦の方へ向いている。この二人は誰だ、と言いたげな目だ。 それを察してか、善蔵が紹介した。

「この人達はな、美代ちゃんのことを調べてくれとるんや」

「警察の人?」

「いや、それとはまたちょっと違うが」

「……やっぱり、美代ちゃんただの病気じゃないんですか」

 切れ長の方が、割って入った。

「瀬田沙織です。美代ちゃんの同級生」

 法子の話に出てきた、お守りを配っていた子だ。するともう片方は「くるみちゃん」だろうと、麦は当たりをつけた。すると案の定、「足立くるみです」

 とハキハキした声。

 麦と則人も自己紹介をするが、くるみはあまり関心を払わなかった。

「これ見てください」

 善蔵に向き直り取り出したのは、ガラス片のようなものだった。

「お守りの中に入ってたんです」

「お守りって確か、君が自分で作ったんやろ」

「はい。でも、私も沙織ちゃんもこんなの入れてません」

 善蔵が受け取った破片を、則人も覗き込んだ。そして、顔を少し青くして、

「すみませんが、お守りを作っていたときの話を聞かせてください」

「えっと……なんで?」

「一言で言うと、美代ちゃんの死の真相を突き止めるためです」

 くるみが困惑して、沙織を見る。すると沙織は、

「いいんじゃない。警察とかより、しっかり聞いてくれそうだし」

 沙織は達観しているのか投げやりなのか、判別のつかない調子で言った。

「そうかな。うんでも、沙織ちゃんが言うなら」

 くるみは伏し目がちになり、語り出した。

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