音羽則人

 かび臭い部屋に、日光が差し込んでいる。畳には影と日向との明暗がくっきりと引かれていた。気づけば払暁である。音羽おとわ則人のりとは、手ぬぐいを水に浸し、ぎゅっと絞った。もう、力が入らなくなってきている。

「……祓の仕事は俺が継ぐよ」

 則人は祖母――チヅの額にそれを載せ、言った。布団に横たわったチヅは答えず、荒い呼吸を続けた。則人は黙って、今の言葉が、祖母への慰めになっただろうかと自問した。

やがて、沈黙を破り、老婆の口から声が漏れた。

「……のり、と……海野は……もう……」

 海野。チヅは絶え絶えになりながらもそう言った。則人はその名前を知っていた。

 呪いを形にして広めた張本人。

 この地で死んだ男。

 チヅは最期に、何を伝えたかったのだろうか?

 それを聞くことは叶わなかった。

 外では烏が鳴いていた。

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