第2話女の子になっちゃった

「これは……まだ夢ん中だな」

 

 触っていた左手をゆっくりと離し、ベッドの上から布団を取って少女を覆い被せる。

 自分の部屋を出た俺はキッチンで頭を洗い。

 トイレをし、ローズ系の良い匂いがするボディーソープで体の隅々まで洗い。

 シャワーを浴び、着替える。


「ふぅーー、スッキリしたっ!」


 パンパンっと顔を叩き、ドアの鍵を開けて寮を出る。

 まだ少し寒い朝の春風を浴びながら、2階のバルコニーから柵に寄りかかって青空を飛ぶ鳥を眺める。


「おやおや、おはようさん。早いね」

「おはようございますっ、散歩びよりですね」


 そこに手押し車を押し、散歩する近所のおばぁちゃんがゆっくり通りがかり、


「すぐそこなんで手伝いますよ」


 階段を駆け降りた俺は肩を揉んであげた後、手押し車を家まで運び入れて、おばぁちゃんも連れて行く。


「ありがとねー、良かったらみかん一ついる?」

「ありがとうございます、貰います」


 寮に戻りなから、みかんの皮を剥く、

 視覚よし、聴覚よし、触覚よし、嗅覚よし、味覚も……みかんが美味しいから多分ヨシ。

 

「頭はー、少し痛いけどーーー、よしッ!」


 階段を上がり、

 家のドアを開け、鍵を閉める。

 キッチンを通り抜け、

 自分の部屋のドアを開ける。


「ふぅ、全くよ。起きたら銀髪の女が自分の部屋で寝ているとか、どんな妄想だよ」


 相変わらず膨らんでいる布団へ、ゆっくりと近づき、恐る恐る両手で掴む。


「いくら欲求不満でも、現実的な妄想をしろってんだよッ!」


 深呼吸しながら布団を少し開け、隙間を覗き込む。

 そこには相変わらず、先輩に負けず劣らず整った顔で長いまつ毛を生やした瞼を閉じ。

 指を咥え、赤ちゃんのように肌がきめ細かいスヤスヤと眠る半裸の女が丸まって眠っていた。


「ふぅ……」


 窓の外を眺めて固まり、部屋の隅を見て、もう一度固まる。

 そして思考を整理し、布団の中を覗き込む。

 けれど、相変わらず女の子はうつ伏せ状態のまま、上目遣いで見つめてきていたので布団を閉じる。


「ん……見つめてきている?」


 少し間を置き、違和感に気づくや否。


「——オワッ!!」

 

 布団がガバッと開き、腰に柔らかい感触が二つが当たりながら俺は倒れ込んだ。


「ちょっ、誰なんだよ、お前は!? 服着ろ、服!! 破廉恥な!」


 グリグリと俺のお腹に顔を押し付け、女の子は嬉しそうに鼻で息を吸う。

 少し遅れて体当たりされたのだと気づいた俺は叫び声をあげ、隣の部屋からドンっと叩かれる。

 

「ぱぱっ!」

「パパなわけねぇだろうが、俺は童貞だぞ?! 詐欺をするにしても相手を選べって——」


 その時だった。

 女の子に巻きついていた紙がふわっと風に乗り、目の前を横切る。


『棚放たな先生、太鼓判!』


 その細長い紙にある見覚えがある文字に、俺は布団をベッドの上へ投げ飛ばす。

 ない……ない、ないないないない、先輩の本が……ない。

 ベッドの下を見ても、上を見ても、どこにもッ!!


「どうしたの? ぱぱー」

 

 抱きついてきていた女の子を引き剥がすと、ぽかーんっと頭を傾げながら聞いてくる。

 うっわ、四葉のクローバーみたいな優しい緑色の目……可愛い。

 というか、さっきから本みたいな優しい香りがすごい。


「ちが……そんなことを考えている場合じゃ」


 うまい具合、女の子の身体を隠しているその紙に注視する。

 

『棚放たな先生、太鼓判! 一度手に取ったら止まらない』


 上半身の胸の部分にはそう書かれていて、

 

『250万部突破!』


 局部を隠すようにちょうど『万部』の文字が重なっていた。

 ほらっ、やっぱり帯って言った通りにエッチじゃないか、奴らの想像力が足りないだけで、変な性癖なんかじゃないッ!! って、違う違う……そんな事より考えることがあるだろ。

 先輩の本が無くなって、等身大の帯を巻きつけた女の子がここにいる。

 しかも馬鹿でかい帯に書いてあることは、先輩の本にあった帯と全く同じ。

 もしかしなくても、これって——


「お前、もしかして俺がアレしちゃった先輩の……本なのか?」

「はいっ、ぱぱが出した精液全身に浴びました!」


 純白な眩しさすら感じさせるほどのキラキラの笑顔で、銀髪の美少女は断言。

 めまいにふらつき、頭を押さえて梅干しを食べたような顔で俯く。

 羞恥心がないのか?

 本が女の子にとか現実的じゃないだろ?

 でも、目の前に突然女が出てきたんだぞ、部屋の鍵はかかっていたのに。

 状況証拠がそう指し示す以上、そうと認めるしかない。


「大丈夫?」

 

 そんな俺の様子を見ていた彼女は、心配そうに聞いてくる。

 なんて優しい良い子なんだ。

 にわかには信じがたい……でも、俺は射精した結果、女の子が生まれただけ……まだパパじゃないだろ。

 それに俺の精液とは限らない、どこかの書店で手を洗わずに本を触ったおっさんがパパの可能性だってあるはず。


「俺は、お前のパパじゃない」

「ぱぱに嫡出否認ちゃくしゅつひにんされちゃった」

 

 取り敢えず、タンスから真新しいYシャツを開けて手渡す。

 どうしよう……本はいつか返さなきゃいけないし、先輩になんて言えばいいんだ?

 先輩の本に精液かけたら、女の子が出てきちゃったんですけどHAHAHAHAとかか?


「絶対、信じてもらえないし、言えねぇぇぇぇッよ!!」

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