盗賊
「統領、へんなのが来やすぜ」
御者のハクフンに言われて、統領は考え事を止める。見れば、満面の笑みで両手を上げて、こっちに走ってくる者がいるではないか。気狂いか、蜃気楼か、それとももっと恐ろしい何かだろうかと思考する。盗賊に向かって喜んで走ってくる者は確かにそのどれかだろう。
「蟲車を止めろ」
ハクフンが鞭をピシャリと鳴らすと、それを合図に五台の車が速度を落とす。徐々に砂埃が車に追いつき、やがて完全に停止する。
「ハクフン。弓で撃て。ただし当てるな」
ハクフンの射た矢は、すーっと吸い込まれるようにリカルドの頬をかすめた。リカルドはくるりと向きを変えて、全力で逃げ始めた。
「良し。捕まえろ」
「ええぇ……」
ハクフンは困惑の声を出しているが、統領は気にしない。盗賊にニコニコと駆け寄ってくるヤバイやつなら関わらないに限るが、矢を射って逃げ出したところを見ると何か勘違いをしていたバカのようだ。ならば襲うに限る。
蟲車と徒歩では速度に雲泥の差がある。あっと言う間に五台の蟲車で回りを囲み、素早い連携と手際で少しの抵抗も許さずに縛り上げる。
「なんだ。男か」
遠くからでは線が細くて小さいので女に見えたのだ。適当に町で奴隷として売ろうにも、ついさっき町から出てきたばかりなのだ。引き返すのは面倒だし、今行けば警戒度の上がった警邏隊と戦闘になるかもしれない。
統領はリカルドの顎を持ち上げて、まじまじと観察する。よく焼けていて分かりにくいが、肌の色がうっすら赤く、ブーメランを背負っている。そして何より、瞳が緑色だ。
「お前蟲狩りか」
「だったらなんだよ」
「そうかっかするな。一人で何蟲まで殺せる?」
「跳蟲」
跳蟲といってこの辺りでは知らない者はいない。盗賊達も当然知っている。だからこそ盗賊達はざわめく。馬鹿にしたように笑う者や、本当かどうか考える者、そりゃすごいと素直に褒める者。頑丈なく複眼に分厚い外骨格、爆発のような脚力の後ろ脚。統領は最初こそ疑っていたものの、考えるのは止める事にした。大変疑わしいが、うまくやれば悩みが一つ解決するのだ。
「アジトに連れていく。出発だ」
ぐるぐる巻きのリカルドを積み荷のように無造作に放り投げてから、統領は先頭の蟲車へと乗り込んだ。空っぽの荷台に体の側面を叩きつけられ、リカルドの腕がまた痛む。
盗賊のアジトへつくまでの間、蟲車が砂丘を越えるたびにリカルドは激しく揺さぶられた。太陽が傾き、夕焼けが近くなっている。
盗賊達は、半壊した大型の砂船をアジトにしていた。巨大な岩とも崖ともいえる地形に激突したのか、底に大穴が開いている。おあつらえ向きな入り口へ、蟲車のまま入っていく。
リカルドは両手を後ろでに縛られて、アジトの中を歩かされる。大穴が開いているにも関わらず船の中は快適な温度と湿度で、もし動いていたならかなり高価な事が予想できた。
「おめぇ、運がいいよなぁ? 飯も水も持って無かったんだろぉ?」
リカルドを引っ張っているボサボサ髪の男は、リカルドの全身を舐めるように見回しながら言う。
「俺達も運がいいよなぁ? 蟲に困ってる時に蟲狩りを拾えるなんてよぉ?」
暗く、散らかった船の中を男はずんずん進んでいく。リカルドは必死に目を凝らして、ゴミを避けるが、それでも何度かつまずいた。
「俺はもっと運が良いよなぁ? 何もしてなくても子供が来るなんでよぉ? いや?
まてよぉ? こんな時に留守番させられてた俺ってもしかして運が悪いのかぁ?」
いくつかの角を曲がり、少しだけ傾いた船内を進んでゆく道をリカルドはしっかり記憶する。いつでも逃げ出す準備のためだ。
「僕に何をさせるつもりだ」
「なんだ喋れんじゃねえかよぉ? このままずっとだんまりかと思ってたぜぇ?」
「何をさせるつもりだ」
「先に俺の質問に答えてからだぜぇ?」
「……運が良いだろ」
「そうだよなぁ?」
「で、何をさせるんだ」
「何だろうなぁ? 統領に聞けば分かんじゃねぇかなぁ?」
リカルドから見てこの男は果てしなく腹の立つ人物というふうに映った。自分はもう子供ではないし、結局質問には答えないし、疑問符をつける話し方をするしで、何から何まで気に入らなかった。すこし蟹股の歩き方でさえも、リカルドにはうっとうしく映った。
「なんか言いたそうな顔だなぁ? でも後でなぁ? 俺はここで待ってるからよぉ」
疑問符が無くても話せる事に気が付いて、それはそれで違和感があり、また嫌悪感を募らせるリカルド。男に促されるままに、大きめの扉をくぐる。帰りがあったとして、あの男ともう一度話すのは嫌だな、と思いながら。
扉の中は、元は船長室だろうか、海図室だろうか、広い大きな部屋の真ん中にこれまた広い大きな机がどーんと置いてあった。そして、禿げ頭の大男、統領と呼ばれていた男が、机の上に足を投げ出して座っていた。横に、さっきの御者もいる。
「お前にやってもらうのはもちろん蟲狩りだ」
扉の外の話が聞こえていたのか、統領は即座にリカルドに語り掛けた。
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