次の日の朝、僕が起きた時にはおじさんが身支度を済ませていた。白い砂除けのマントをきちっと羽織って、眉間にしわを寄せている。とても不機嫌そうだ。


 「お前も支度をするんだ」


 身一つで出てきたので、寝間着など当然持っておらず、代わりにターバンを体に巻いて寝ていたのだ。ベッドの縁へ掛けていた服に急いで着替える。

 すり鉢状の村の底は、小さな広場のようになっていて、降りると戻れないように段を作って低くなっている。壁に空いた穴から誰かが出てきた。両手を紐をつながれている。僕と村人達は、一段高い壁の上から見下ろしている。女のようだが、項垂れて、髪を前に卸しているので、顔が見えない。体の至る所に切り傷や、殴られた後があるのがわかる。


 「罪状を読み上げる!!」


 いつのまにか、僕らのすぐ後ろに高そうな装飾で着飾った若い男が、巻物を広げて立っていた。


 「一つ! 彼奴は我々ジャスィスト教会を裏切った逆徒、宰相シャルドニクスの

信奉者である!」


 「二つ! 彼奴から呪いと魔術を使った痕跡が見つかった!」


 「そして三つ! 蟲の餌に毒を混ぜた!」


 「よって彼奴を石投げの刑に処す!」


 男は高らかにそう告げると女に向かって石を投げ始めた。村人たちも一緒になって石を投げ始める。いくつかの石がぼくらの上を通り抜けていく。


 女は手で頭を庇い、少しだけ顔を上げてこちらを睨んだ。目が合った。そして気が付いた。今朝おばさんに合わなかった理由に。


 そこにいた女はおばさんだった。村人全員に代わる代わる悪意のまなざしを向けている。もちろんおじさんにも、僕にもだ。

 おじさんもどんよりとした曇った目になって、石を投げ始めた。村人の中には、つばを吐きかけたり、罵声を浴びせたりしている者もいる。

 おばさんが時々、「うう」と声を出す。


 僕は恐ろしくなった。こんな所にいてられないと思った。そして思った時には村の外へ向かって駆け出していた。おじさんは優しくて、おばさんと仲が良かったはずだ。怖い。おばさんは優しくて、沢山気遣ってくれたはずだ。怖い。


 気が付くとおじさんの家の前にいた。村の最外端だ。扉に飛び込んで、ブーメランと、ついでに樽、鉈を持った。背負ったらすぐに飛び出して、家の壁を登る。すり鉢状の村から出てすぐ、遠くに町があるのを見つけた。こんな場所から一秒でも早く立ち去りたい思いで、町に向かって歩き始めた。



 二人ともおかしくなってしまった。おじさんのさげすんだ表情も、おばさんの射殺すような視線も、とても恐ろしかった。

 だが、それよりももっと恐ろしい物を見てしまった。おばさんの出てきたあの穴の向こうにあれがいた。僕らの家族を襲ったあの跳蟲だ。僕らのテントを襲った跳蟲は、普通の跳蟲の2、3倍はあった。おばさんが「この村には蟲を大きく育てる技術がある」と言った。ここへ来るまでに、何度も跳蟲の死骸をみたし、生きているのに襲われた。

 つまり、おの蟲はこの場所で生まれたのだ。ここから来たのだ。この村が族長や、隣のおばあさんや、その孫を殺したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る