魔法

 僕はおばさんの家の寝具をおじさんの家に運び込んで、そこでしばらく住まわせてもらう事になった。久しぶりに潜りこんだベッドはとても暖かかった。

 未婚の女性の家に泊まり込むのはまずいと配慮しての事だった。


「いいかリカルド少年。俺に恩返しするつもりでしっかりメヨナを手伝うんだぞ」


「はい! もちろんです!」


次の日から僕はすぐ隣のおばさんの家で働く事になった。おじさんに「持っていけ」と渡された手袋を付けながら家を出た。


 この村は砂漠の中に埋まった大きな岩盤を、すり鉢状に削り、そこに虚を作るようにして住居がならんでいる。だから、おじさんの家のすぐまで来ていても、村に気が付かなかったのだ。


 おばさんの家の扉をノックすると、「いいわよ」と内側からこえがかかった。


 「おじゃまします」


 声に呼ばれて入ったのに、家の中にはだれもいない。開けっ放しになっている他の二部屋をこっそりのぞいても、やっぱりおばさんは居なかった。

 「何してるの。下よ。下」と床板を開けて顔を出すおばさん。なんと床の下に梯子が伸びており、それは狭くて細い洞窟に繋がっていた。


 おばさんはうでまくりをして、樽を背負い、大きな鉈のような物をもって張り切っている。


 「さあ。あなたも準備するのよ。樽の方はあげるわ。大事になさい」


 そういって、小さい樽と小さい鉈を渡された。おばさんは洞窟の奥へ向かって歩き始めた。樽を背負う時に、左腕がズキリと痛む。


 「レンベルさんがびびって漏らすなよと言っていたのですが、どういう意味ですか」


 「すぐにわかるわよ」


 そういっておばさんはずんずん進んでいく。灰色の岩肌を撫でながらついていく。


 「今からこれを全部回収するのよ」


 しばらく進んだ所で、おばさんは少し脇にどいて、洞窟の奥を見せてくれた。広く丸い天井は、僕に集落のテントを思い起こさせた。大きさは洞窟の方が何倍も大きいが、びっしりと張り巡らされた蜘蛛の巣が、テントの内部の支柱とそっくりなのだ。


 「すごいや……」


 「ふふ。この村には蟲を大きく育てる技術があるのよ。すごいでしょう。たとえばほら、ここは洞窟なのにあかるいでしょう?」


  気が付かなかった。あまりに自然に明るいのだ。まるで昼間の外のように明るい。それでいて洞窟特有のひんやりしてジメジメした空気が漂っている。蜘蛛の巣も僕の知っている物の二倍はある。


 「蟲にはここを外だと勘違いさせてるの。餌も沢山食べさせるから、大きく育つのよ」


 そういっておばさんは洞窟の隅っこを指さす。そこには大きな蟲が集まって塊のようになっていた。


 しばらくの間。黙々と巣を切っては巻き取る作業が続いた。おばさんは左手を庇いながら作業する僕を見かねて蜘蛛の糸で縛ってくれた。どうしてだか痛みが何割か引いた。


 黙っている時間がいたたまれなくなって、僕はポツポツとここに来る前の生活の事を話した。舟に乗り、蟲を狩り、砂漠を移動しながら生活していた事だ。おばさんは悲しそうな顔で最後まで聞いてくれた。


 作業が一段落ついたので一度休憩をとることになった。梯子を上って部屋に入る。


 「メヨナさん。この糸は何に使われるのですか?」


 「君が付けてるその手袋とか、偉い人の服とかよ。丈夫だし、使おうと思えば何にでも使えるわね」


 ヨットの材料に使えないか考えていたのだ。ちょっと引っ張ったぐらいではびくともしないし、良い素材になるかもしれない。


 「それよりも君。ちょっと良いことをしてあげるから、後ろを向きなさい」


 「えぇ?」


 「いいから早くしなさい」


 しぶしぶいう事を聞いて後ろを向くと、「目も閉じなさい」と追加で注文が入る。おとなしく従うと、おばさんは小さな声でぶつぶつと何かを呟き始めた。僕の頭を両手で優しく包んで、ゆっくりと耳を撫で、首、肩へと降りてくる。流れのままに背中で手を止めると、パッと手を離した。


 「さぁもういいわよ。君に幸運が連なるように、魔法をかけてあげたの」


……?なんだかピンとこない。訝しんだ顔をしていると、


 「魔法ってのはそんなものなのよ。ほら。続きにいくわよ」


 そういってさっさと梯子を下りて行ってしまった。


 結局、その日は一日中、蜘蛛の巣と格闘して過ごした。

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