蟲戦
瓦礫群から少し歩くと、投げ出された砂ヨットを見つけた。昨日、16歳の誕生日を迎えた僕に、大人の仲間入りとして父さんがプレゼントしてくれた物だった。
しばらくの間、昼はヨットの影に隠れて暑さをやり過ごし、夜になるとヨットを操作する日々だった。月の明かりを頼りに砂海を滑る。暗い中でじっとしていると、悪い考えばかりが頭に浮かぶ。夜の闇を進むのは体力を使うが、心が耐えられなくなるので休憩せずに進んだ。朝方になれば、帆に溜まった露をすすってから寝た。昼の間、空腹と暑さで何度も目が覚めた。時々見かける跳蟲の死骸をなんども食べてやろうと考えたが、ひどい臭いがしたので止めた。
四日目の夜、蟲が蝶番の油をすすったのか、ヨットがギシギシと嫌な音を立て始めた。腕を引いても、うまいように力が伝わらないのだ。その分ぐっと強く引くと、帆の柱が根本から弾けて折れてしまった。折れた帆に左の二の腕を思い切り殴られて、僕はヨットから投げ出されてしまった。痛みで悶絶して、しばらく立ち上がれなかった。投げ出された時に転がって、擦りむいた体のあちこちも痛かった。痛みが引くまでじっと耐えて、立ち上がり、また歩き始めた。
ヨットのパーツは蟲の外骨格が、帆には羽が使われていて、軽い。けれども壊れたヨットを全て持っていくほどの体力はもうなかったので、帆だけを引きずって歩いた。日陰と、朝露の確保のためだ。
左腕は少しでも力を入れるとズキズキと痛んだ。色もおかしくなっていた。今朝も左腕を庇うように小さく丸くなって寝た。
ギチギチ、ギチギチという音で目が覚めた。まだ太陽は正午を過ぎた辺りにあった。
さっと起き上がると、五十歩ほど先に跳蟲が居た。一匹だけだ。大人二人分ほどの大きさなので、まだ幼体だ。こちらを完全に獲物として見ている。そっと背中のブーメランに手をかけた。
いつだったか族長が言っていた。「あいつらは触覚が無けりゃなにも見えないんだ」
痛む左手の鞭打って、ブーメランを支え、右手で大きく構える。
蟲は触覚をフヨフヨと動かして、僕の位置を探っているようだった。
「僕はここだぞ!!!」
思い切りブーメランを蟲に向かって投げる。蟲はすぐさま跳び上がり、ブーメランをかわして僕の方へ迫って来た。弱っていたのか、蟲は空中で姿勢を崩し、僕のすぐ手前で倒れ込んだ。
(まずい!!)
すぶさま後ろへ飛びずさって、寸での所で前足をかわす。僕の胴体ほどもある前足の一撃は、当たれば確実に死ぬ。鋭い棘までオマケのように並んでいるのだ。真っ二つだろう。
「もっとこっちだ!!」
挑発に乗ったのか、蟲は振り上げた前足をそのまま地について前のめりになり、さっきと反対の前足を大きく振り上げ僕目掛けて───
スパッッ!!という音と共に蟲と僕の間を小さな風が通り過ぎて行った。糸が切れたように蟲は動きを止める。
「ふーー」
危なかった。蟲を跳ねさせるのは上手くいったが、弱っていてよろけたのは予想外だった。あの時もうあと少し蟲が後ろに居たままだったら、ブーメランは素通りして触覚を切り落とせなかった。そうなれば僕は蟲に食われていただろう。
自分を囮に、帰ってくるブーメランで触覚を切り落とすやり方は叔父の得意な戦法だった。皆5人や6人で集まって狩りをするのに、叔父は一人で狩りをする。とっさの事とはいえ、叔父と同じ方法で狩りができた事をうれしく思った。
帆は蟲が覆いかぶさって使えなくなってしまった。仕方なく蟲の影で夜まで過ごした。
もう日陰は持ち運べない。夜が来る少し前に蟲の血を飲んだ。不味くても、喉は潤った。
今度はブーメランだけを背負って少しづつ歩き始めた。
また朝が来た。もう日陰がないので仕方なく歩き続けた。喉は乾くし腹は空いた。気のせいで無ければ随分沢山歩いてきた。とっくに町についている頃だ。
町はヨットを飛ばせば四日でつく距離のはずだ。おかしい。眩暈がする。太陽が暑い。いや熱い。
しばらくして僕は気絶してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます