第九話 エナの秘密


 ノースオーシャン王国で観光を終えた次の日、馬車に乗りいよいよスノーアイランド国に到着する。


「ノースオーシャン王国からスノーアイランドはすぐなので昼過ぎには着くと思います」

 御者が前からこちらを覗き到着予定の時間帯を教えてくれた。


 馬車の中は少し寂しげな雰囲気が漂いみんな静まり返っていた。


 もうすぐエナとお別れの時間がやってくる。


 エナがみんなが落ち込んでいるのを嫌がったのか作り笑いをして俺たちにある提案をした。


「お別れは寂しいものです。特にみなさん良い人だったので余計に胸が苦しくなるほど辛いです」


 多分、彼女が一番苦しんでいるだろう。

 口が震え今にも泣きそうになるのを堪えて必死に笑っている。


「だけど笑ってお別れしたいの。しんみりしたままさよならは少し寂しいです」


 そうだよな、お別れだからこそ次また会う時を楽しみに笑顔でさようならをしないといけないよな。


「よし!これで永遠の別れってわけじゃないんだ!みんなで楽しく喋って最後は笑顔でお別れしよう!」


「はい!」

 そう、二度と会えないわけじゃない。グレス、ソフィア、ルーヴの三人はそう信じて明るくエナを送り届けることを心に決めた。


 そうして馬車の中ではこれまでのことを振り返りながら明るく、賑わっていた。

 

 初めて出会った時のことやみんなで食事を食べたこと、観光をしてプレゼントを貰ったことつい最近の思い出たちを懐かしく感じていた。


 会話が弾んでいるとついにスノーアイランドへ到着した。


 ノースオーシャン王国と同じように門で招待状を見せて中に入る。


 賑やかで発展していたノースオーシャン王国とは違い建物が少なく果てしなく続く雪はまるで砂漠のように広がっている。


「ここからは私が案内します」

 エナは俺たちにそういうと馬車から降りた。


 エナに続き馬車から降りた俺はすぐにこの国の寒さに驚いた。


「さ、寒すぎないか?」

 今までに味わったことのない寒さ。


 呼吸をするたびに鼻が凍理想になるほど冷たくなる。


 俺がここまで寒いと恐らくグレスは相当寒いんだろうな。


「グレス、無理するなここで待っていてもいいんだぞ」


 俺は心配して言ったつもりだったけれどグレスはムッとして怒った。


「大丈夫です!」

 グレスは膨れっ面になりながら馬車を降りたがあまりの寒さに表情は固まってしまった。


 言わんこっちゃない……だけどグレスも最後までエナを安全に送り届けたいという気持ちが強いのだろう。


「分かった、最後までエナを安全に送り届けるためにみんなで行こう」

 俺の言葉にみんなが強く頷く。


「ありがとう……」

 エナは涙を堪えて俺たちにお礼を言った。


「さぁもう少しで両親にあえるんだろ?泣いてたら前に進めないぞ!」


 軽くエナの背中をポンポンと叩くとエナは俺を見て笑った。


 呼吸が真っ白になりながらエナを先頭に寒い雪道を歩く。


 途中、小さな村がありそここら雪景色を道なりに数十分歩いただろうか雪で覆われた大きな木が見えた。


 大きな木の前で立ち止まるエナ。

 周りには家一つ建っていないし人もいない。


「エナ?」

 俺は立ち止まったエナの名前を呼んだ。


「ありがとうみんな……ここまで来れば十分です」

 寂しそうに笑うエナ。


「ここまでって家は?両親は?そこまで送る約束だろ?」

 

「……」

 何も喋らずこちらを変わらず寂しそうに笑うエナ。


 ソフィアやルーヴたちもエナに最後まで送り届けさせて欲しいと説得した。


 俺たちはひたすらに話をしたけれどずっと黙り込むエナは複雑な気持ちだったのか嬉しそうに寂しそうに俺たちを見つめる。


「ありがとう、その気持ちは嬉しい……だけどここでお別れです」


 そんな話をしていると邪悪なオーラを纏った黒いボロボロな翼の男が現れた。


「そいつは人間じゃない雪の妖精だ」


 その一言でエナがガクガク震え出した。


 俺たち四人は瞬時にエナの前に立ち、その黒い男を睨んだ。


「誰だ?お前……もしかしてエナを襲った廃人の仲間か?」


 俺の問いかけに笑って答え出す黒い男。


「関係のないやつに名乗るのも面倒な話だがまぁいただろう。私の名はベルゼブブお前たち人間より偉大な堕天使だ」


 堕天使?何かの話で聞いたことがある。

 それにエナを雪の妖精ってどういうことだ?


「なぜエナを襲うんだ?」


「そいつを食すためだ」


 食す?こいつの言ってることが分からない。


「訳の分からない顔をしているな……いいだろう説明してやろう」


 ベルゼブブは何百年も前に神によって封印されていたらしい。


 だが、封印が解かれ自由の身となり完全に力が無くなっていたため妖精を食して力を取りもどそうと考えた。


 正の命と負の命を与え奪う妖精は堕天使の力を取り戻す最適な栄養素。


 特に負の命が多い雪の妖精は最も堕天使や悪魔に違い力を持っており一番効率よく力を取り戻される存在だと言う。


「エナ、この話は本当か?」

 俺は疑心暗鬼になりながら後ろで震えるエナに聞いた。


 下を向き頼りたい力で頭を下げる頷くエナ。


「何で黙っていたんだ?」

 怒っているわけではない。だけど俺たちに彼女の秘密を打ち明けて欲しかった。


 俺たちはそれほど信用されていなかったのか……。

 いや、俺たちがもっと彼女に寄り添えばきっと話しやすぐなったのだろう。


 俺たちの力不足だ。


「すまん……俺たちが悪い」


「違う!私が雪の妖精だと打ち明けたら妖精として見られるのが嫌だったの……一人の人間として貴方たちの大切な友達として見て欲しくて」


 なんだよ、そんなことか。俺たちにそんな気を遣っていたんだ。


 バカだな……妖精だろうと獣人だろうと人間だろうとエナはエナなのに……。

 

「エナ、俺たちはお前がどんな存在でも大切な友達……いや仲間だ。決して妖精だからとか人間だからとかそんなことはどうでもいい」


「黙っていて……ごめんなさい」

 エナは必死に溢れる涙を拭いながら謝ってきた。


 俺はエナに近づき頭を撫でた。

「だから、お前は俺たちが守る」


 俺は彼女にそう約束すると堕天使ベルゼブブを強く睨んだ。


「お前にエナはやらない、いいから大人しく消えてくれ」

 

「生意気だな、人間のくせに……仕方がない極力体力を使いたくなかったけど邪魔者は排除しなければいけないからな」


 俺は戦力にならないから実質こっちは三人、大丈夫やれる。


 そうこの時俺は思っていた……。


 堕天使ベルゼブブは一人ずつ潰す作戦に出た。


 まず狙われたのはソフィアだった。


 ベルゼブブの強烈な打撃を何とか受け止めていたけれど次第に体勢が崩れる。


「こいつ、本当に力が無くなったのか?強すぎる」


 圧倒的な力で押しソフィア脇腹に強烈な蹴りを入れるベルゼブブ。


 ソフィアは蹴りをまともに受けてしまい吹き飛ばされ気を失しなった。


「やはり所詮人間だな。弱すぎる」

 奇妙に笑いながらこちらを見るベルゼブブ、あまりの強さに俺は膝が震えた。


 それでもルーヴとグレスは諦めていなかった。


 ベルゼブブの左右から同時に仕掛ける二人の攻撃。


 一瞬、期待してしまったけどやはり効果はなかった。


 ベルゼブブはルーヴたちの攻撃を避けるとグレスに集中して攻撃を始めた。


 受け止めながらも攻撃を仕掛けるがやはり生身の人間であるグレスは敵わなかった。


 ベルゼブブの蹴りでグレスは俺の前まで吹き飛ばされた。


「グレス!」

 俺は痛みに苦しむグレスを抱えた。


「グレス、死ななくてよかった……ごめん俺が弱いからこんな痛い思いをさせてしまって」


 悶え苦しむグレスを見ていると心の底から怒りが湧いてきた。


 絶対に勝てない相手だと分かっている。

 だけど仲間をここまでやられて黙っているわけにはいかない。


 ベルゼブブは最も簡単にルーヴも倒しエナに近寄ろうとしていた。


「待て!クソ野郎!」

 俺は全力で走り全ての力を拳に込めてベルゼブブの顔に振りかざした。


 ゴッ……怒りで強くなるわけもなく俺の拳はベルゼブブの頬に当たるとそのまま力尽きた。


「お前……情けないな」

 同情の目で見られそのまま裏拳を顔面にモロにくらい簡単に吹き飛ばされた。


 顔面に裏拳を受けあまりの痛さに視界がぼやけ始めた。


 ベルゼブブは再びエナを捕まえようと歩き出す。


 裏拳で顔が痛いし吹き飛ばされて身体を地面に打ったせいであちこちの骨が軋むように痛い。


「だめだ、ここで諦めたらきっと俺は誰も守れない男になってしまう……」


 必死に感覚が鈍くなった腕に力を入れ立ち上がる。

「まだまだ戦える……グレスたちのためにも……」

 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る