第八話 少し大人になった彼女に見惚れました
馬車へ戻る道中、グレスが急に立ち止まった。
俺はそれに気づいて一緒に止まったけれど、エナたちは人混みに消えてしまった。
無言のままグレスはゆっくりとガラス越しに何かを見つめている。
「それが欲しいのか?」
俺はグレスの後ろから聞いた。
急に話しかけたのでビクッと驚くグレスは「もう」とため息をつきながら「違います!」とその場をさろうとした。
俺は彼女の腕を掴んだ。
「いいから、見るだけ見てみよう」
「いらっましゃいませ」
メガネをかけた少し小太りで身なりが整った中年男性の店主が挨拶をしてきた。
「これを見たいのですが」
俺はさっきグレスが見惚れていた物に指を差した。
「かしこまりました」
店員は白手袋をはめ大切にそれを持ってきた。
それは美しく輝く宝石がついたネックレスだった。
店主はグレスに宝石の説明をしていた。
俺が彼女に確認する必要はなかった。
彼女の目は完全にネックレスに一目惚れしており自然と笑みが溢れきっと尊い物だったのだろう。
値段は恐らく高いと思う。
だけどそれ以上に彼女は王国のために働いてくれている。
誰よりも頼りになり誰よりも人のために生きる彼女には当たり前のご褒美といったところだ。
「身につけてもよろしいですか?」
俺はグレスが身につけた姿を見たくて店主に尋ねた。
「もちろん」
店主はグレスにネックレスを渡してグレスはそれをつけた。
ネックレスをつけた自分を見つめるグレス。
鏡越しで見る彼女に俺は自分の鼓動が早くなるのを感じた。
ネックレスを身につけて彼女は少し大人の雰囲気になりただだだ見惚れるほどに綺麗だった。
「とても似合ってるよ……綺麗だ」
俺の言葉に顔を赤くするグレス。
確かに自分でもキザなセリフだなと思ってしまう。
だけどそんなことが恥ずかしいと思わないくらい彼女が美しかった。
少し大人の女性になったグレスの笑顔は恐らく俺にとって今まで出会った女性の中で誰よりも心を動かされた。
だが、店主は余計なひと言を言ってしまう。
「とても似合っているとは思いますが、彼女にはこのネックレスは少し若すぎると思います。これよりもこっちが似合うと思いますよ」
そうして持ってきたのは違う宝石のネックレスだった。
俺は店主のありがた迷惑な接客に少し苛立ちを覚えたがグッと堪えた。
「ありがとうございます。しかし俺には最初に選んだネックレスが彼女を一番美しく輝かせてくれると思っています。その宝石は下げてもらっても良いですか?」
俺はそう店主に伝えたけれど遅かったようだ。
グレスの笑みは消えネックレスを静かに置いて走って店を出てしまった。
彼女の横顔はきっと泣いていた。
「グレス!」俺は彼女を止めようとしたけれどダメだった。
店主は慌てた様子で俺に頭を下げてひたすらに謝ってきた。
「申し訳ございません!とんだご無礼を!お出ししたもう一つの方が似合うと思ったからで悪気があったわけではありません!」
きっと良かれと思ってやったことだろう。
悪気がないのなら無理に怒ることもない。
「いいえ、こちらも少しキツく言ってしまいすみませんでした」
俺は店主に頭を下げてグレスを追った。
人混み中、グレスを探すのは大変だった。
「グレス!どこだ!」人混みを掻き分けてグレスを探す。
すると何かが俺の腕を引っ張った。
「誰だ?」正体が分からないけどそいつに引っ張られるがまま俺は道から外れた店の間の小道へと連れてかれた。
目の前には膝を抱えて座り啜り泣くグレスの姿があった。
「グレス……大丈夫か?」
俺は心配して近寄ったけどグレスは泣きながら俺に叫んだ。
「来ないで!」
「グレス……泣いてるグレスを見てると俺まで悲しくなる。いつも強気で俺を助けてくれるグレスに戻って欲しい……」
何も言い返してこないグレス……。
「店主は後から出した宝石の方が似合ってると思って良かれとやったことだったんだってさ、ありがた迷惑だよな」
俺はグレスの横に座った。
「でも俺はお前が気に入ってた宝石のネックレスが似合ってると心から思うよ。正直恥ずかしいけど見惚れていた」
静かに泣くグレス、恐らく俺の言葉は耳に入っていないのだろう。
これ以上に一緒にいても無駄だろう。きっと俺なんかが隣にいるとそれこそありがた迷惑だ。
「俺はすぐそこで待ってるから」
俺は静かに立ち上がった……。
――――――
素直にならなきゃ……。
泣いてばっかりだと優しい彼にきっと嫌われる。
私は立ち上がり去ろうとする彼の袖を掴んで止めた。
「行かないで……そばにいて」
勇気を振り絞って出た言葉、泣いているから恥ずかしいなんて思わなかった。
黙って横に座ってくれる彼……本当に優しい人なんだなとヒシヒシと伝わってくる。
エナの言う通り、素直にならなきゃ彼には気持ちは伝わらない。
「ごめんなさい、急に飛び出してしまって……」
泣きながら謝ったから声が震えて聞こえづらかったはずなのに彼は静かに「大丈夫だよ」って返してくれた。
「店主は悪気がないから許してあげて欲しい」って言ってるけれど本当にどんなけ優しい人なの……。
しかも、私が泣いた理由はそれじゃないのにね。
「違うの……店主が違う宝石が似合ってると言った時自分でも少し納得したの」
だめ、本音を伝えると涙が止まらなくなる。
だけど伝えなきゃ……。
「だけど、そんな私に最初の宝石が似合ってるって、私を輝かしてくれるって言ってくれた時、嬉しくて思わず涙が出てしまったから……」
言い終えた私は声をあげて泣いてしまった。
そう、きっとこんなくだらないことで嬉しくなるのは貴方のことが好きだから……。
しばらく泣き続ける私を横で黙っていてくれる貴方。
その優しさに、安心できる貴方に惚れたんだ。
私は泣き止むと心の中の思いを伝えた。
「私、きっと貴方のことが好きなんだよ」
そう、これはきっと素直な私の気持ち、だから恥ずかしくなって小さい声で伝えた。
「え?悪い、考えごとしてて聞きそびれた。もう一回言ってほしい」
間抜けな面をする貴方の脳天にお見舞いした強烈なチョップ。
悶え苦しむ貴方を見て思う。
そんな鈍感で間抜けな貴方でも好きなんだ。
「さぁ、何してるんですか?宿へ戻りますよ!」
思いは……一応伝えた。だから今日からまたいつも通りに接していく。
鈍感すぎる貴方にはいつもの態度でいる方が気が楽だもの。
そうして私と彼はみんなが待つ馬車へ戻り宿へ帰った。
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