第十話 妖精の覚醒
一歩一歩私に近づいてくる黒い闇のように暗いオーラ。
その後方では私の大切な人たちが殴られ、蹴られた痕を押さえながら苦しんでいる。
震える体を止めることはできないほど恐怖に襲われた。
「私、死ぬんだ」
堕天使ベルゼブブがすぐそこまで近づいた時に初めて震えがまとまった。
「私が死ねばみんなは苦しむことはないのかな……」
恐らくそんなことはないだろう。
この堕天使は力を取り戻せば次はこの世界の人たちを襲い食べるに決まっている。
だけど……今は私がやられればきっとこの人たちは助かるはず。
「一つ、一つだけ約束してください」
堕天使は歩みを止め私に耳を貸してくれた。
「……」
黙ったまま薄気味の悪く勝ち誇ったように笑う堕天使。
「私を好きにしても良いのでみんなをどうか殺さないでください、これ以上苦しめないでください」
ケタケタと高笑いする堕天使。
「それは約束できない、この世界を取り込み私は神への反逆を開始する」
唖然とした……この世を創造した神様へ反逆するとは身の程知らずもいいところ。
「まずはお前から……」
そう言い腕を上げ私を殺そうとする堕天使。
抵抗することはできない。私は戦いなんてしたことないしそんな力もない。
目を閉じてお腹に力を入れて覚悟を決めた。
ドスッ。
鈍い音がした……だけど痛みはない。
恐る恐る目を開けると堕天使に跨り必死になって押さえつけているスカイの姿があった。
いつもの優しいスカイの表情ではなく鬼のような形相で私を睨んでいる。
「逃げろエナ!絶対に死ぬな!」
「それは……できない、この問題は私がみんなを巻き込んだんだから」
私だけが生き残るなんてそんなのあり得ない。
彼が教えてくれたこと、大切な人は命を懸けても守り通す……いや、守り通さなければいけないということ。
こんなにも弱い彼が勝ち目がないのに戦っているんだから……。
「ありがとう……私はもう大丈夫だから」
堕天使は彼を蹴り飛ばした。
「耳障りな虫は殺さないとな」
ベルゼブブはまずスカイを殺すことを決めたようで私から離れて雪に叩きつけられたスカイの元へ歩いた。
「あなたの目的は私でしょ?その人を殺すのはやめて!」
私の言葉は届かなかった。
ベルゼブブは手から魔力で作ったナイフのようなものを出してスカイの心臓に向けた。
「会った時からお前は神の匂いがして気に食わなかったんだ。どういう理由かは分からんがとにかくお前が憎い……死ね」
私はスカイを庇おうと飛び込んだけれど一歩、たった一歩の判断が遅かった。
「間に合わない!」
ズサ……。
静かに鈍い音が広がり白い地面は赤黒い血で染まった。
「な、何で?」
刺されたのはグレスだった。
――――――
「グレス!グレス!しっかりしてくれ!」
意識が薄れていく中で聞こえるいつもは安心する声が声を荒げて泣いている。
私はきっと後悔はしない、彼を守れたのだから。
いや、それは自分に嘘をついている。
最後まで彼に伝えないといけないことがあるのを知っているのは自分が一番分かっているんだから。
だけど刺されたせいで声が出ない。
悔しいな……こうなるのなら恥ずかしくても素直に気持ちを伝えるべきだった。
どんなに痛くても力が入らなくても涙は出るんだ。
笑っちゃうよ本当に。
彼も泣いてくれている。
私を想ってくれているんだ……嬉しいな。
ずっと私の名前を呼んでくれている。
きっともう聞くことはない。
だから最後の力は彼に想いを伝えるために使わないと。
私は彼の頭を掴んで自分の顔に寄せ冷たく渇いた唇を重ねた。
彼と繋がる喜びを感じながら赤い地面に力尽きた。
スカイはグレスを抱えながら心の底から溢れかえりそうな悲しみを堪えながらギュッとグレスの亡骸を抱きしめた。
抱きしめると頭がおかしくなる程の怒りと悲しみの感情が込み上げ叫んだ。
――――――
私は大切な人が殺される姿を見て何かが切れた音がした。
「絶対に
憎いベルゼブブを心の底から軽蔑し睨む。
堕天使ベルゼブブは静かに笑った。
弱りきった自分の力を取り戻す喜びとこれから人々を食い殺される楽しみ、そして神への反逆することへの興奮によって。
たが、ベルゼブブの計画はすぐに終わることになる。
ベルゼブブは私の頭を掴んだ。
「それでは私に食われることをありがたく思え」
口を開けるベルゼブブに向かって指を向けた。
私の背中からは大きな白い翼が生えた。
「
指先から放たれた雪の弾丸はベルゼブブの心臓を貫いた。
「え?」堕天使の驚いた声と共に飛び散る黒い血。
胸を抑えうずくまる情けない堕天使は血を流しながら私を見た。
「所詮、妖精のくせに……」
心臓を弾丸が貫いてもやはり堕天使、死ぬことはなかった。
「黙って俺の餌になればいいものを!」
再び私を喰らおうと立ち上がるベルゼブブの両膝に雪の弾丸を撃ち込む。
「……!!」
ベルゼブブは声にならないほどの叫びを出して地面に転がった。
さて、そろそろトドメを……私はベルゼブブに近寄り額に指を向けた。
「最後に謝罪の言葉を言いなさい」
肩で息をしながら痛みを堪えるベルゼブブはニヤッと笑った。
「謝罪?俺は何も悪いことはしていない、それと油断はするもんじゃない」
ベルゼブブは瞬時に口を開け私に向けて鋭い魔力のナイフを口から出して私に刺した。
「しまった!」
こいつ……こんなに弱ってるのにまだ魔力を使おうと!
油断をしてしまった。
弾丸を撃ち込もうとしてもベルゼブブは私から離れて恐らく今の体の状態では当たらない。
だったら、私が最後にできること……。
「俺もお前も限界が近いけど俺はお前を喰らえば生き残れる、残念だったな!」
ベルゼブブは一気に間を詰めて両手に魔力のナイフを出して殺しにかかってきた。
すぅっと深く息を吸いこんた。
もう覚悟は決めた……「これで私も
私は両手をベルゼブブに向けた。
「
力を得た私の最終奥義、全ての力を振り絞り出し尽くした最後の技。
放たれた美しくも非情なほど冷たい
ベルゼブブは抵抗するも雪の結晶には関係のないこと、砕けようが溶けようが体に付着すればそのまま魂を吸い上げる。
「最後に良いことを教えてあげる。雪は綺麗で美しく一見ロマンチックなものだけれど……魂を奪うことを容易くしてしまう恐ろしいものでもある」
「や、め、ろ……」
見るに無惨な姿になっていくベルゼブブは這いつくばりながら私の足元に来た。
「残念ながら貴様の魂は浄化もされずこの世にも漂うことがてきない。つまり完全に消滅することになる」
「さようなら愚かな天使さん」
最後の雪の結晶がベルゼブブの魂を吸い取りそのまま溶けた。
これで、完全に私の中の正と負の命のバランスが崩れた。
私も直に消滅するんだろうな……。
だったら最後に私がするべきことは一つしかない。
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