第5話 関係の始まり
昨夜も私は、彼を想い自分を慰めていた。
今日はいつもの時間に荷物が届かなくて、残念な気持ちで買い物へ行った。
帰宅すると不在票が入っている。
不在票にフジムラと名前が書かれて電話番号がのっていた。
インターホンの録画履歴を見ると彼が映っている。
間違いない。
彼の名前は、フジムラさん。
私は、初めて彼の名前を知った。
ニコニコしながら再配達を頼む。
不在票の名前は、私。
間違いない。
あのジュースが届いたのだ。
その前に、ずっと気になっている事があった。
夫の荷物。
何をあんなにたくさん頼んでいたのだろうか?
私は、初めて夫の部屋に入る。
夫が大切にしている小説のコレクションが並ぶ本棚を見ながら、ふと違和感を覚える。
小説を取り出して、後ろから出てきたのは、手錠。
大人のおもちゃが後ろに詰んである。
新品未開封という事は、これを愛人と楽しむのね。
私は、毎日これを取らされていたんだ。
小説を元の場所に戻す。
小説のどこかに挟まっていた写真が床にハラリと落ちて拾う。
どうやら、愛人と未知の遊びを楽しんでいるのがわかった。
夫はそういう小説も大好きだ。
私は、本棚に写真を戻す。
そう言えば、一昨日、夫が友人と旅行に行くと話してきたのを思い出した。
日にちは明日。
まさか、その時にこれを使うつもり……?
私は、愕然とした。
まだ、自分の中に夫への愛が僅かでも残っていたのにも気づいてしまった。
ピンポーン……。
「あっ、出なきゃ」
涙を軽く拭ってから、夫の部屋を出る。
「はーーい」
「黒崎急便です」
「少々お待ち下さい」
玄関を開けるといつもの彼がいる。
「すみません。重いですよ。一つずつ取っていただいたら大丈夫です」
「あ、あの、腰を痛めてしまってるので中に入れていただけますか?」
「わかりました。では、失礼します」
嘘をついて彼を玄関に入れた。
パタンと乾いた音がして、玄関のドアが閉まる。
「あっ、そこに置いてもらえますか?」
「わかりました」
彼は荷物を置いて振り返る。
「こちらにサインを……」
「あっ、はい」
「大丈夫ですか?もしかして、よけいに腰が痛くなりました?」
彼の言葉に玄関にある鏡を見つめる。
やだ。
私、泣いてる……。
「す、すみません。サインですね。印鑑を……」
印鑑を取ろうとして、ふらついた。
「だ、大丈夫ですか?」
彼が私を支えてくれる。
手が肩に触れて、ドキドキと耳元で心臓の音が響き。
頭がおかしくなってしまいそう。
「大丈夫です。ごめんなさい」
「いえ。じゃあ、こちらにサインをお願いします」
「はい」
彼にボールペンを渡されて受け取り伝票に名前を書く。
「これでいいかしら?」
「はい」
伝票を渡し、彼がペンを受け取ろうとした手をとっさに握りしめてしまう。
いつもは気づかなかったけれど、左手に指輪がはまっているのが見えた。
結婚してたのね。
知らなかった……。
私は何を考えていたの。
「ご、ごめんなさい。気をつけて帰って下さい」
「もう、無理ですよ。奥さん……」
そう呼ばれて、胸が締め付けられる。
何度も……。
何度も……。
彼を想像して慰めた。
その彼が、今、私の手を強く握りしめてくれている。
「駄目です……」
「本当にそう思ってます?」
彼は、ゆっくりとマスクを外す。
彼の顔を初めてちゃんと見る事が出来た。
端正な顔をしている。
胸が締め付けられて息が出来ない。
身体中が熱くなる。
「だけど……私」
「嫌ですか?」
彼の手が頬に触れる。
私は、首を左右に振る。
ずっと、触れられたかった。
この手にずっと……。
唇がゆっくりと重なり合い、目を閉じる。
いけない事なのはわかっている。
だけど、どうしても……。
唇がゆっくりと離れて目を開くと彼が笑っていた。
「明日、休みなんです。よければ五つ先の駅前で待ち合わせしませんか?」
彼は、財布からレシートを取り出し何かを書いた。
「これ、連絡先です。奥さんがよければ、明後日の10時に待ってます。無理なら大丈夫です。俺は、配達しに行かないと行けないんで……」
「私の連絡先……」
「ショートメールでもして下さい。それじゃあ、腰、気をつけて下さい。失礼します」
彼は、軽く会釈をして出て行く。
五駅先にあるのは、ホテル街。
そこに行くという事は、受け入れたって事になる。
私は、玄関の鍵を閉めて部屋に入る。
洗面所で手を洗いながら
鏡を見つめる。
頬にうっすらと赤みがさしていた。
濡れた手で唇をゆっくりとなぞる。
どうすればいいの?
だって、彼は既婚者……。
だから、こんな事をしてはいけない。
これ以上は……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます