第4話 彼を思う日々と荷物……。

朝御飯の用意をしながら、私の何かが変わったのに気づく。


「おはよう」

「ああ」


いつもなら夫の挨拶に、たいして不満をもっていたのに……。

今日に限っては、何も思わないのだ。


「もう出来ますから」

「ああ」


私は、朝食を夫に差し出した。

夫は、何も言わずに無言で食べ始める。

向かいに座ると嫌そうに眉を寄せた。

何も変わらない日常。

だけど、なぜかイライラしたり、これを嫌だと思わない。


不思議ね。これは、彼のお陰かしら?

朝食を食べ終わった夫は、立ち上がった。


「お弁当……今……」

「いらない」

「わかりました」


いらないと言われるのをわかっているから、捨てられる弁当箱にしていた。


それは、夫の為に作ったお弁当を自分で食べて洗う行為が、数年前から悲しく思えたからだ。


「見送りはいらないから」


夫は、鞄を持って玄関に歩き出す。

初めて夫に見送りを拒絶された。

いつもは、ついて行こうが何も言わないのに……。

愛人との関係に何か変化があったのだろうか?


「いってらっしゃい」


夫に聞こえないほどの小さな声で呟いた。

バタンとドアが閉まり、ガチャンと鍵がかかる。

もうすぐ離婚って言われるのかしら?


私は、ダイニングテーブルにある食器を下げた。

カチャカチャと食器を洗いながら考える。

彼に次に会うのは、二週間後……。

あのよくわからない海外のジュースが届く頃。

それまでに、少しは綺麗にならないと……。


ピンポーン


「はーーい」


インターホンが鳴り出る。


「黒崎急便です」


嘘……。

今日に限って、髪の毛をといでいない。

だけど、彼を待たせるわけには行かなかった。


「はい」

「お荷物です。お名前、合ってますか?」

「はい」

「ここに印鑑お願いします」


今日は、恥ずかしくて印鑑を持ってきていた。

私は、急いで印鑑を押して彼に返す。


「ありがとう」

「ありがとうございます」


受け取る時に、指先が軽く触れてしまった。

彼は、気にせずに去っていく。


小石川修作……。

また、何を頼んだの? 

私は、玄関に夫の荷物を置いた。


その日の晩、私は彼を想いながら慰めた。

毎日、飽きもせずに私は何をしているのかしら……。

次こそ、彼が来るのは二週間後。


ピンポーン……。


次の日も、9時になると荷物が届いた。

また、夫の荷物だ。

現れたのは彼で……。

もしかして、明日も来たりする?

私は期待しながら、夜になると自分を慰めた。


翌日も、また彼がやってきた。

彼に会うのが恥ずかしい。

私は、毎晩あなたを……何て言えるわけがないわ。

届いたのは、いつもより大きめな荷物。

受け取る時に、手が触れる。

彼は、気にしないで去っていく。

明日も、また会えるかな?


彼は、荷物と一緒に私にときめきを運んでくれる。

まるで、この箱には恋がつまっているように感じた。


ピンポーン……。


次の日も、やっぱり荷物がやってきた。

今日は、どさくさに紛れて指先を握りしめる……なんて出来ないわよね。

サインをして、彼から荷物を受け取る。


「少し重いですよ」

「あっ、はい」


軽いと思っていたせいで、少しだけ箱を持つ手に力が入る。


えっ……。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫」


今まで、彼と目を合わせるのに抵抗があったけれど、合わせてしまった。

マスクをしている目元だけがわかる。

アーモンド形の目が私を見つめていた。


「ありがとう」


彼が支えてくれた。

さりげなく手が触れる。

もう、充分よ。

こんなに幸せな事はないわ。

彼は、いつものように何も気にしないで去っていく。


「いったい何を毎日買っているの?」


それからも、彼は毎日やってきた。

夫が荷物を頼んでいるから当たり前の事……。

それからは、インターホンが朝に鳴る気がして私は髪をといて軽くお化粧までし始めた。


そんな私の変化に夫は気づかない。

だから、服もすこしだけおしゃれをした。


ピンポーン。


やっぱり、やってきた。

彼だ!!

綺麗にした私は、少し大胆になる。


「ありがとうございます」

「ありがとう」


わざと彼の手を掴むように荷物を受け取る。

拒まれるかと思ったのに、彼は拒まなかった。


「大丈夫ですか?」

「あっ、すみません」

「いえいえ」


私の目を見つめてくれる。

胸のドキドキが止まらない。

彼が走り去っていくのが見える。

私は、鍵を閉めて部屋に入る。

手を洗いながら、指先を見つめた。

さっき、拒まれなかった。

だったら、次もまた……。


マスクをした彼の顔をちゃんと見たい。

彼の指に触れられたい。


気持ちを押さえようとしていたのに……。

大胆な行動は、私の想いを後押ししてくれた。


次の日も、彼はやってきた。

夫が何かを頼んでくれた事に感謝した。


「少し重いですよ」

「はい、大丈夫です」


私は、また彼の手を掴んだ。


「ごめんなさい」

「大丈夫ですよ」


目が合った彼が初めて笑った。

そして、手を握り返してくれる。

こんな事って……あるの。

驚いた顔をしながらも、私は彼に「ありがとう」と言って荷物を玄関に置いた。


明日も来てしまったら、気持ちを打ち明けてしまいそう。

こんなに早く誰かに恋をするなんて、心が弱っているだけ……。

そんなのわかってる。

勘違いだって事ぐらい。


それでもいい。

それでもいいから、彼に触れて欲しい。

私も、彼に触れたい。

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