第3話 二度目の荷物

ヘッドフォンのお陰でぐっすり眠れた私は、朝御飯の支度をしていた。


「おはよう」

「ああ」


夫は、私にたいして「ああ」や「うん」としかほとんど言わない。

妊娠しない事を義母に責められて、夫に話してからこうなった気がする。

それからは、夫婦としての会話なんてほとんどあってないようなものだ。

本心を言えば拒絶されると学んでしまったのかも知れない。


「朝御飯出来ました」

「ああ」


いただきますも言わずに食べるようになったのは、6年前からだ。


「いただきます」


私の言葉に夫は、ジロリと睨み付けて眉を寄せる。

私が向かいに来るといつも眉をしかめてご飯を食べ始めるのだ。

そんなに嫌なら別れてくれればいい。

私には、その権利はないんだから……。


イライラを静めるようにしながら朝食を口に運ぶ。

3年前、両親に夫の事を相談した。

母なら「別れなさい」と言ってくれると思っていた。

だって、兄の時はそう言ったから……。

だけど母は「離婚なんかしたら駄目」と言ったのだ。

その時は、わからなかったけれど……。

昨年末にわかったのは、私が結婚して暫くした頃に義理両親から1000万近いお金を用立ててもらった事だった。

お金のない我が家が、祖母の為に家をバリアフリーに出来た意味がそこでわかったのだ。

母が、祖母の貯金だというからてっきり信じていた。


「離婚なんかしたら、全額返済しなくちゃいけなくなるだろ。あっちが死ぬまで我慢しなさい」


と昨年酔った母に言われたのだ。


ギギッ……。

古くなった椅子が嫌な音を立てる。


「もう行くのね。お弁当」

「いらない」

「わかりました」


愛人とランチをする日は、私のお弁当を拒絶する。

行ってきますも言わずに夫は、出て行ってしまう。


「行ってらっしゃい」


玄関に向かって、私はポツリと呟いてダイニングテーブルに戻る。


別れてくれと言ってくれればいいのに……。

いっそ、愛人に赤ちゃんが出来てしまえばいいのに……。

朝御飯を食べ終わり、夫の食器と共に下げる。

カチャカチャと音をたてながら食器を洗い、鉄瓶に水を入れてお湯を沸かす。


コーヒーでも飲みながら、何か注文するものを探そう。

彼が届けに来てくれるかも知れないし……。


ピンポーン……。


9時になった瞬間にインターホンが鳴った。


「はーーい」


私は、火を止めてインターホンに出る。


「黒崎急便です」

「あっ、はい」


心臓がドキドキと波打つのを感じる。

昨日想像して慰めての今日。

彼には、関係ないけれど……。

私自身が恥ずかしい。

覚悟を決めて、玄関の鍵を開ける。


「はい」

「お荷物が二つ届いてます。お名前、間違いなければこちらにサインか印鑑をもらえますか?」


私の頭の中に昨日の想像が流れてくる。

恥ずかしくて、彼の顔を見れない。


「あの……。サインか印鑑を……」

「あっ、あっ、そうね。サインでお願い出来るかしら」

「はい。大丈夫ですよ」


覗き込まれてドキドキした。

仕事なのだから、早くしてあげなくちゃいけないのに……。

何を考えてるのよ。

彼は、ポケットからペンを取り出す。


「ここにお願いします」


ダンボールの上に紙を置いてくれる。

夫の名前が書いた二つの荷物。


「はい」

「ありがとうございます」


荷物を掴む時に、指先が軽く触れてしまう。

ドキドキと心臓が音を立て、全身に熱を帯びる。


「ありがとう」


気にしないフリをして受け取った。

彼は、この辺りの担当なのかしら?

玄関に夫の荷物を置く。

何を頻繁に注文する事があるのよ!

鍵を閉めて、イライラしながらリビングに戻る。

彼が担当なら……。

また、会える。


私は、スマホを取り出した。

重いものにしようかしら?

変わったボトルのジュースを見つけた。

迷わず購入ボタンを押す。


「馬鹿ね。どうにもならないのに……」


やっぱり、購入を取り止めようとした。


「えぇ。一度買ったら取り消し出来ないの」


きちんと内容を読んでいなかった。

仕方ないと諦めて、内容を読むと海外からの取り寄せにつき入荷まで二週間以上かかりますと小さくかかれている。


「これも、読んでなかったわ」


彼に次に会うのは二週間後ね。

それでも、会えると思えるだけで幸せだった。


この日も、私は家事をしながら彼の事をぼんやり考えていた。

夫が帰宅した事にも気づかないぐらい。


「飯はまだか?」

「もうすぐ出来ます」

「わかった」


口を開けば、ご飯の話ばかり……。

最初の頃は、「今日は何をしてたの?」って聞いてくれていたのに……。

もう私達、どうやったって終わりなのね。


夫が眠りについてから、私は彼の事を考えながら自分を慰めて眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る