第2話 彼の事を考えながら……。

どうにか、彼にまた会う方法を考える。

こんなにドキドキしたのは、結婚を決めて以来。

初めての事……。


想うだけなら迷惑はかけない。

それに、サインを書くのに指先が軽く触れたって怪しまれる事なんてないんだから……。


だけど、彼がまた我が家に配達に来てくれる保証はない。

確か【黒崎急便】と言っていた。

私も、通販で何かを頼んでみたら、彼が来るかわかるかしら?



「ただいま」

「お、お帰りなさい」

「何だ!そんなに驚いて」

「べ、別に何もないですよ。今日は、早かったんですね」

「そんな事はない。普通だよ。腹が減ったな。晩御飯はまだか?」

「もうすぐ出来ますから」

「ただ、家にボッーっといるだけの癖にお前は何もかも遅いんだよ」

「すみません。急ぎますから」


私は、夫のスーツを服かけにかけてからキッチンに戻り料理を続ける。

まさか、こんなにも時間が経っていたとは思わなかった。

夫に見透かされている気がして、胸がドキドキしている。


「あっ、そうだ。来月から、お米は母さんが送ってくれるみたいだから。来月からは、米代は減らしてもらうよ」

「えっ……」


今でもカツカツなのに、お米代を抜かれるのは正直キツい。


「文句あるのか?」

「いえ。大丈夫です」

「そうか。じゃあ、7000円は引いておくから」


7000円もと言いたくなった気持ちを押さえて「わかりました」と言った。

夫は、お米も特別なものしか食べないのだ。

そのお米は、8キロ7000円もする高価なもの。


「母さんの友人が無農薬米を始めたそうなんだ。だから、30キロ注文してくれたみたいだ。あっ、精米機を頼むから毎日精米してくれよ。やっぱり、いいお米は毎日精米して食べないとな」

「わかりました」


晩御飯が出来て、ダイニングに持っていく。


「いただきます」も言わずに食べ始める。

味付けが薄いからとソースや醤油をバシャバシャとかけている。

これは、本当に健康にいい食事なのだろうか?

夫が食べているのを見ながら、いつも不思議に思う。

僅か、15分で食べ終わると夫は立ち上がる。

何も言わずにキッチンで、ウイスキーを注ぐと自分の部屋に行くのだ。

部屋で、夫が何をしているのか私は知っている。

愛人と電話をしながら、大好きな映画を見るのだ。

6年前から続いている儀式。

一度だけ気になって覗いた事がある。


そこにいた夫は、口に出せないような言葉を愛人と言い合いながら、一人で楽しんでいたのだ。

その光景を見て、私の愛は少しだけ冷めた。


テーブルの上の食器をトレーに乗せて下げる。

夫が不倫をしているから、私もしたっていいでしょって気持ちはない。

だって、不倫するのにも、お金がいるから……。

だから、そんなの私に出来るわけない。


お皿を洗ってから、お風呂を洗いに行く。

いつからか、夫の入った湯船に入るのが嫌になった。

6年前からか……。

別のひとを抱いた体を湯船につける。

私は、その残り湯につかる。

何だかそれがとてつもなく、惨めで汚ならしいと思ってしまったのだ。


お風呂を沸かしている間に、洗面所を片付けたり洗濯物を畳む。


私は、多分まだ夫を愛してはいるはずだ。

全てを終えた頃に、(お風呂が沸きました)とアナウンスが聞こえた。

私は、服を脱ぎお風呂に入る。

洗面器で、軽く体を流してチャポンと湯船に浸かった。


もう一度、彼に会いたい。

湯船の中で、私は自分を慰める。

彼を想像しながら……。

最初に私がこの行為をしたのは、10歳の頃だった。

大人になって知ったのは、寂しさからだという事……。

結婚してなくなっていたのに、6年前からまた始まっていた。

今までは、好きなドラマや映画の主人公を想像していたけれど……。

今回は違う。

生身の人間。


どうこうなる事も、どうこうする事もない。

だから、これぐらいは許して欲しい。


「はぁーー。あがろう」


身も心もスッキリした気分になった私は、お風呂から上がった。

水を飲み、歯を磨いてから寝室に入る。

二つ並んだベッドの窓側で、夫は「ガァー、ゴォー」と怪獣のようなイビキをかいていた。


私は、耳にヘッドフォンをつけて眠る。

いつからだろうか?

夫のイビキを五月蝿いと感じるようになったのは?

多分、その頃から愛が少しかけたのかもしれない。

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