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「えっと、じゃあこの八人で……ジャンルは希望ありますかー。早いもの勝ちだよー」
葛西大学の図書館内の一室で、月子が皆を見渡す。彼女以外の七人が顔を見合わせ、ぱらぱらと手を上げる。
「ジャンルは被らない方がありがたいからね」
壁際のホワイドボードに、手を上げた者の名前と希望のジャンルを書き込んでいく。コメディ、恋愛、ミステリと並んでいく。
十月に隣の県で開催される全国創作フリーマーケットに、星の海も作品を集めて冊子を作り出店することになったのだ。参加希望者が増えたり減ったりと些か出遅れ感はあったが、初めての試みにしては人数も集まったと月子は満足げに言った。サークル内には既に昨年友人と参加したというメンバーもおり、冊子の制作に関しては彼らに指導を乞うている。
漫画を除いた創作物を扱うイベントで、小説はメインのジャンルだといっても過言ではない。川柳、詩集、絵本。手作りのアクセサリーを扱う店もあるが、圧倒的に小説の数が多いそうだ。
瑞希もこのイベントの存在は知っていたし、いつか出てみたいとも思っていた。しかし一人ではなかなか決意が固まらず、学校の文芸部も学祭とひと月しか時期が変わらないことから、話題には上がらなかった。だから月子から届いたメッセージに、一も二もなく参加の旨を返信したのだった。
就活やバイト、受験勉強のため参加不可という者が多数だったが、月子をはじめ、富士見も参加を表明したし、瑞希が出るならといって佑も参加を希望した。自分の意思で決めろと言いたいが、本人が出ると言うなら無理に下ろす権利など瑞希にはない。
「キヨはハイファンね」富士見の名前の下にハイファンタジーと月子が書き込む。「ずっきーは?」
「私は……」
視線を向けられ、瑞希は言い淀んだ。正直なところ、瑞希には得意なジャンルというものがなかった。ミステリや文芸には挑戦してきたが、それが得意と呼べるのかわからない。弱点はあるのに得意分野がないのは、密かな悩みの種だった。
「迷ってる?」水性マジックで宙に円を描きながら、「ふむ」と月子は唸る。
「ずっきーはミステリとか上手いと思うけどなあ」
しかしミステリはすでに希望者が二人いる。早い者勝ちなのだから、押しのけるわけにもいかない。
「あと枠があるのは、ホラーか時代ものか……恋愛かな」
う、と思わず声が出た。全て苦手なジャンルだ。そもそもネタさえ思いつかず、手をつけたこともない。
「ホラーどうですか? 今オカルト調べてるでしょ」
隣から佑が口を挟む。
「あれ、そうなの?」
「まあ、一応……」
周囲の少し意外な視線が居心地悪い。黙ってろと睨むが、佑は良い考えだと思っているらしい。
「ネタ出しし易いんじゃないですか。他のジャンル書くよりは。あ、そうだ、思いつかなかったら僕も協力しますよ。なんだっけ、ほら、合作ってやつ!」
「しないわよ」
なぜ初参加の作品を、佑と合同で作らなければならないのだ。
「そう言うゆうゆうは? もう選べるジャンル残ってないけど」
「なんでもいいっすよー。余ったので」
「マジで? じゃあ、誰も書いてないから時代ものでもいける?」
いけるいけると佑は安請け合いしている。少なくとも瑞希にはそう見える。普段アホな作品しか書かないくせに、時代小説など書けるのだろうか。
「じゃあ、私は……ホラーで」
「おっけー。どうしても無理だったら言ってね。楽しくできなかったら本末転倒だから」
星の海のモットーは「楽しく」だ。だから厳しい決まりもなければ、締め切りなるものも存在しない。それぞれが楽しくものを書き、語り合う場を提供するのを目的としている。今回のイベントにおいても、その目的は覆らない。
「三十枚目途で、締め切りは八月の最後の日曜ね。間に合わないよーとかだったら、早めに言うこと」
スマートフォンでホワイトボードを撮影しながら、月子が皆に言った。
あと二ヶ月以上あるなら、苦手でもなんとか形にはなるかもしれない。
「おまえ、ほんとに時代ものなんて書けるの?」
「侮っちゃ駄目ですよ。こう見えて、やれば出来るんだから」
真面目に考える瑞希の横にいる佑と、向かいの富士見が早くもお喋りを始めている。佑の余裕は一体どこから出ているのか。これで間に合わなければ目も当てられない。
「瑞希ちゃん、そういえば、あれどうだった?」
あれ、というのがピンと来ずにいると、「オカルトのやつ。図書館で借りたんでしょ」と富士見が続けた。
「あ、あれ……」ようやく思い出して頷く。「勉強になりました」
「もしかして、もう全部読んだ? 結構分厚かったよね」
机に置いていたトートバッグからノートを取り出して広げる。富士見に薦められ図書館で借りたオカルト本は、既に読み込み返却を済ませていた。中でもネタになりそうな話をまとめて書き留めたのだ。
「ほんと、真面目だなあ」
富士見が感嘆し、「なになに、ネタ帳?」と富士見の横に座った月子もノートを覗き込む。
「話はもう出来てるけど、これで補足というか、肉付けというか……。リアリティもたせられたらいいなって」
「さすが先輩、偉いなあ」
何故か満足げな顔をする佑は、「そうそう!」といつか見たのと同じ仕草で、両手をぽんと打ち合わせた。
「富士さん、なんかオカルトな噂知りませんか?」
「なんだよ、噂って」
「体験するとより空気感がわかるかなって。だから怖い話とかある場所があったら教えて欲しくって。ねえ先輩」
「……え?」
「なるほどな。けど俺、残念ながら江雲に来たのは大学入ってからだから、そういうのよく知らないんだ」富士見が腕を組む。
「そういえば、実家は遠いって言ってましたね」
佑は椅子から腰を上げ、残りの四人のメンバーに話しかけた。「江雲の心霊スポットとか知ってます?」
彼らは顔を見合わせ、口々に「知らない」と言いかぶりを振った。「佑くん、心霊スポット行くの?」一人の女子が好奇心を満たした瞳で問いかけ、「うん!」と彼は満面の笑みで頷く。「先輩と!」
おまけの言葉に、「ちょっと!」と瑞希も立ち上がった。
「私なにも言ってないんだけど。なんで私も心霊スポットに行く話になってるのよ」
「だって、僕が一人で行っても仕方ないし」
きょとんとする佑に、「だから……」と訴える声が自然とすぼんでしまう。もしかして、どこかでそんな約束をしただろうか。それほどに彼は自信に満ちた様子だ。
だが、記憶を探っても彼と心霊スポット巡りをする約束などした覚えはない。
「オカルト探しに行こうって言ったじゃないですか」
確かに川原で佑がそう言ったことは覚えている。
「いや、でも心霊スポットなんて……それに私、まず承諾してないんだけど」
「じゃあ、行きましょうよ、ね」
それなら今、彼は承諾を得ようとしているらしい。話が通じない。頭が痛くなる。力が抜け、へたり込むように瑞希は椅子に腰を落とした。
「つっこさん、どっかいいとこ知らないですか」
それを見て座り直す佑は、にやにやしながら顛末を眺めている月子に話を振る。
「いいとこねえ」
知らないと言ってくれ。瑞希はそう願ったが、月子はこの状況を楽しんでいた。
「いくつか聞いたことあるよ」
「ほんとですか!」
「うん。信憑性は保証できないけど。私の家、おばあちゃんの代から江雲に住んでるんだよね。家族にも聞いてみようか」
なんだか月子はノリノリだ。「そこまでしなくても……」と瑞希が訴える声を、「いいんですか!」と佑の声がかき消す。
「信憑性は保証できないよ?」
「噂なんて、そんなもんですよ。ねえ、先輩」
にこにこしながら振り向く佑を、これでもかと睨みつける。もちろん彼はどこ吹く風で、むしろ周囲がおかしそうに笑っている。
「瑞希ちゃんの為になるなら、お安いもんよ」
胸を張ってみせる月子に、「つっこさん頼もしー!」と誰かがふざけて声援を送る。この話題も、元はといえば瑞希の作品の為なのだ。それを思えば、むやみやたらに反論するわけにもいかない。だが、何が悲しくて、佑と二人で心霊スポット巡りをしなければならないのだろう。
「じゃあ、おばあちゃんたちに聞いとくから、後でゆうゆうに連絡するね」
「了解です!」指をそろえた右手を額に垂直に当てて敬礼のポーズを取った彼は、「これで受賞待ったなしですよ」振り返ってそんなことを言った。
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