6
河原のソファーに、佑は同様に捨てられていた車用のカバーをかけて、これ以上の汚れを防いでいた。彼はこの秘密基地を守ることに気合を入れて取り組んでいた。
暇つぶし、と自分と彼に説明し、瑞希も時折ここで休憩するようになった。あくまで佑との帰り道、だから週に一度か二度の頻度だが、川面を眺めたり本を読んで過ごすようになった。誰もいない家にいる時間を無意識に逃れようとしていることに、瑞希は気付いていた。
「ねえ、先輩」
だが、ここにはうるさいやつがいる。家の静寂から逃れたつもりだが、放っていても喋り続けるやつがいる。
「先輩、どうやって作品作ってます? パソコン?」
「パソコン」本に目を落としたまま顔も上げずに呟く。
「なんのソフト使ってるんですか?」
「ワード」
「へえー。全部パソコンですか。設定とか、プロットとかも?」
「うるさいな」
横を見ると、膝に置いた鞄の上にノートを広げて、佑はペンを握っている。「柿食へば」の隣に書き込まれた矢印の先端には「カニ食へば」と書かれている。また笑えないものを作っていたようだ。
「いやあ、プロット作るアプリとかあるじゃないですか。でも、ああいうのなんか使いこなせなくて。もし先輩が使ってるのがあれば真似してみようかなーって」
「プロットは手書き。これで満足?」
「先輩も手書き派なんですか。一緒だ!」
一人で喜んでいる佑から剥がした視線を本に落とす。梅雨入りを迎え、雨こそ降る予報ではないものの、空はどんよりと曇り生温かい空気が流れている。決して気持ちの良い天候ではない。
この章を読み終わったら帰ろうと決めた時、「何読んでるんですか」という声がすぐ横で聞こえた。
思わず身をよじる瑞希に身体を寄せた彼は、本を覗き込んで「オカルト?」と疑問を口にした。
「先輩、こういうの好きでしたっけ」
「近い、離れて」
彼の肩に手をやり、ぐいと遠ざける。驚いたおかげで心臓がまだどきどき鳴っている。それはこの本を読んでいたせいで余計に長引いている。
「……今度の新時代に送るネタ探しよ」
四月に無念にも選考落ちした新時代小説大賞の来年の選考に向けて、新たに作品を書く必要があった。締め切りは十二月。しかしぼやぼやしてはいられないと考えた結果、不可思議な現象の混ざった話を書こうと思い立ったのだ。ストーリーは既に組んでいるものの、今一つ専門的な研究が足りないように思う。近々書き始める予定だが、出来るだけ正確な知識を持って仕上げたい。オカルトにどこまで「正確」が通用するのかは疑問だが。
そこで、もともとオカルトが好きな富士見に相談し、薦めてもらった本だった。だが勉強とはいえ、不気味な話が盛りだくさんで、つい背筋が寒くなってしまう。
「なるほど。へえー、オカルトかあ。どんな話にするんです?」
「言わない」
「僕にも意見させてくださいよお」
「参考にならない」
冷たい瑞希の態度にほんの僅かむくれた佑だったが、何を思ったのかわかりやすく両手をぽんと叩いた。上を向いた左の手のひらに右手の拳を当てる、漫画のような仕草。
「本よりもっと参考になること、思いつきました」
漫画なら、頭の上にぴかりと光る電球が描かれたはずだ。思いついた表情で、彼は言った。
「オカルト、探しに行きましょう」
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