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 瑞希も小学三年生の頃から江雲市に住んでいるが、有名な心霊スポットという話は聞いたことがなかった。小学校の七不思議、なんてものはあったが、トイレで勝手に水が流れたり、誰もいない体育館でボールをつく音が聞こえるといった、どこの学校にも共通の話だ。作品を書く参考にはならない。

 浮月川には神様がいる。江雲市にそんな話はあるが、心霊スポットにはほど遠い。

 だが、生まれた時から市内に住んでいる月子は、いくつかそれらしい噂を教えてくれた。

 ある日の夜、風呂から上がり自室に戻った瑞希は、スマートフォンに届いた佑からのメッセージに気が付いた。椅子に座って見てみると、「つっこさんが教えてくれました!」とのこと。文字の下には、URLが貼りつけられている。

 うっかりリンク先に飛んだ瑞希の喉から、「うっ」と苦い声が漏れた。表れたのは、一本のブログ記事だ。全国を巡る心霊スポットマニアが穴場として紹介しているのが、浮月橋近くに残されている廃病院だった。

 観光地化している川と橋から比較的近い距離にあるのに、未だに取り壊されていないことから、これはホンモノだと謳っている。コメント欄には「予算がないらしい」と空気を読まない書き込みがあるが、それを差し引いても十分に本物感のある写真が掲載されていた。ガラスのない窓枠、染みだらけの壁、ぽっかりと口を開けている暗い玄関。ソファーや薬の瓶が転がる室内の一枚は、人の顔が映り込んだ心霊写真と紹介されていた。瑞希には、ただの天井の汚れに見えたが、なんとなくページを閉じた。

 佑は他にも月子から心霊スポットの噂を手に入れたらしい。

 ――今度の日曜、どうですか?

 ばかじゃん。毒づきつつ、返事を打ち込む。「無理。期末試験近いし」やつも同じ日程のはずなのに。やっぱりこいつは馬鹿だ。

 ――じゃあ、テスト終わってから! 終業式の日、帰りについでに行きましょう。

 学校帰りなら、まだいいか。妥協している自分に気付き、「ばーか」ともう一度一人で呟いた。


 七月の三回目の金曜日、午前の終業式と大掃除を終えると、学校は早々と放課を迎えた。これから始まる夏休みに対し、誰も彼もがうきうきと期待に満ちた表情で、これからの予定について話し合っている。

「どした、なんか沈んでるじゃん」

 教室では幾人かが弁当を食べ始めている。瑞希の席に椅子と弁当箱を持ってくる弥生が、不思議そうな顔をした。隠すこともなくため息をつき、「駅の電話ボックス、知ってる?」と瑞希は唐突に切り出した。

「どういうこと」

 全く意味が分からないという弥生に、弁当を開きながら、佑と一緒に心霊スポットを巡ることになった話を聞かせた。サークルの先輩が、ノリノリで教えてくれた噂話も。

 死者の声が聞こえる電話ボックス、追いかけてくる赤い女、そして幽霊の出る廃病院。

「へー、そんな話あったんだ」

 月子から佑を経て教えられた噂話に、弥生は弁当箱の包みを開きつつ、少々驚いた返事をする。中学二年生時に県外から越してきた彼女も、その噂には聞き覚えがないようだった。

「今日の放課後、そこに行くことになって……」

「そかそか。へえー」興味があるのかないのか、間延びした返事をする弥生の興味は、別のところにあった。

「じゃあ、二人で半日デートってところだね」

「それが嫌なのよ」

 むすっとする瑞希に、弥生は長い髪を耳にかけながら「なんで?」と首をひねる。

「なんでって……あいつ、人の話聞かないし、自分勝手だし、へらへら鬱陶しいし」

「そのマイペースが愛情表現なんじゃん」

 めいわく、とずっしり重たい言葉で表現した。「そりゃあ私の為だけど、一人で決めて突っ走るし、周りも巻き込むし、何を言っても聞かないし」

「んー、瑞希は真面目だから、合わないのかもね。でも、そんだけ慕ってくれてんのは幸せじゃん。……まあ、ちょっと一方通行感はあるけど」

「ちょっとじゃない」

 アスパラガスの肉巻きを頬張り、そうだ、一方的なんだと思い至る。過剰なアクションにこちらが戸惑っている内に、どんどん話を進めてしまう。

「私、やつとは根底が合わない」

「そう言いつつ本当は?」

「あり得ない!」

 佑と自分をくっつけたがる弥生が、「はいはい」と笑いながらプチトマトを口に運ぶ。それを見ながら憮然とした表情で、瑞希はおにぎりを頬張った。

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