最終話 ボク、メリーさん ——
「はぁ…お腹空いたし動くかぁ...」
ベッドから這い出ては、そのままキッチンに向かい朝食の用意をする。
かつての不規則な生活は息を潜め、もうすっかり朝型の生活が馴染んでいた。
「—— っと、またやっちゃった」
分かってはいても未だに、ふと二人分用意しそうになってしまう。
「なーんか、部屋が広く感じるっすねぇ。独りをこんなに寂しく思うなんて、いつ以来だか...」
ココアを口にしながら、資料部屋の方へと視線をやる。
突然現れ、そして突然居なくなった変わり者の少女を想いながら ——。
———
————————
—— 7月のある夜、少し前に寝床へ向かったメリーちゃんから電話が掛かってきた。
「もしもーし、こんな時間に電話なんてどうかしたんです?」
着信を受けた私は、そうやっていつものように軽い声を掛けたのだ。
「あの ——」
だが、聴こえてきたその声は、何かを堪えるようだった。
それは言葉か、感情か、それとも涙だったのか。
「—— 今まで、本当にお世話になりましたッ!
「今まで…って、急にどうしたんすか!?まさか、どっか行っちゃうんすか!!?」
この一年、もう一緒に居ることが当たり前になっていた。それが今更 ——
「ボク、仕事が終わったみたいです。それで、メリーさんは次の人に任せて輪廻に戻るんだって…よく分からないんですけど、これも成仏ってことで良いんですかね。だから、せめて最後に、絵茉さんにお礼が言いたくて ——」
そんな…嫌だ、聞きたくない。でも、聞かなくちゃ。
これが彼女が頑張った成果だというなら、安心して行けるようにしなくちゃ。
「—— ずっと一緒に居てくれてありがとうございました!絵茉さんのお陰でずっと楽しかったです!お絵かきも、配信も、一緒に行ったカラオケも。全部全部、すっごい楽しかった!」
これが最後だというのなら、忘れないように。
彼女との思い出全部。絶対に、忘れたりしないように。
「迷惑もいっぱい掛けたけど、それでも一緒に居てくれて嬉しかったです!」
迷惑だなんて思ってない、一緒に居てくれて嬉しかったのは私だって同じだ ——。
「すみません…他の人にはボクから言えそうにないので、伝言ってことでお願いします。絵茉さんには、最後まで迷惑かけちゃってごめんなさい...」
言葉にしたいのに、言葉にならない。
零れてくるのは涙、嗚咽。
「そろそろ時間みたいなので…絵茉さん、大好きですよ。これからもずっと、元気でいてくださいね。それじゃあ最後に———」
————————
———
「あれからもう半月…伝言も頼まれたし、流石なぁ...」
あれから数日は、何もする気になれなかった。
配信はおろかSNSも放置し、既に受けていた仕事だけを
しかし、いい加減腹を括り、スマホを操作してペケッターを操作する。
半月の間、更新が止まったままの彼女のアカウント。そこに代理として告知を流す。
"大事なお知らせ"の文言。そして、私の配信への誘導。
次いで、自身のアカウントでも同様に。
「それにしても一年っすか。色々あったっすね」
新しい家具を探すため、パソコンの前で肩を並べた。
広くもないキッチンで、二人でハンバーグを作った。
ふるさと納税で貰った蟹を、二人して無言でほじった。
ホラゲー配信をした夜は、一緒のベッドで眠ったりもした。
寒い日に剣持さんと会って、自販機の前でお喋りしたこともあったようだ。
近所のお婆さんの家にも、ちょくちょくお邪魔していたらしい。
いつかの男の子が、公園で友達と遊んでいるのも見たと言っていた。
いつの間にやら、小学校に遊びに行くことも増えたようだ。
「あぁでも…一緒に旅行、行けなかったな...」
———
————————
「んじゃ、そろそろ配信の時間っすね」
待機画面では、久々の配信にリスナーが騒いでいる。告知で何かを察しているのかもしれないが、気にしたところで仕方ない。そう思い、そのまま配信開始を押した。
「さてみんな、今日は来てくれてさんきゅーっすよ。メリーちゃんのアカウントから来てくれた人も感謝っす ——」
この一年間、二人での配信もそれなりにやった。
「—— 事情があって、メリーちゃんは配信を続けることが出来なくなりました。別に病気や事故ってわけじゃないんでそこは安心して ——」
それが突然、SNSも配信も更新が止まり、そして今、配信にメリーちゃんが居ない。
私の隣には、もうメリーちゃんが居ない。でも泣いちゃいけない。
「色々と事情があって一緒に暮らしてたってだけなんで、元通りと言えば元通りっす。えぇ、そんなの寂しいに決まってるじゃないっすか ——」
それでも、託された想いは果たさなければ ——
「—— 最後に、メリーちゃんからの大事なメッセージ。リスナーのみんなにも受け取ってほしいっす。正直、私もまだ寂しい。だけど、いつまでも
『ボク、メリーさん。これからもずっと、あなたの心の中に居ます ——』
大好きな彼女のこと、一人でも多くの人に覚えていてほしいから。
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