第09話 絵茉からは逃げられない

—— ある日の昼下がり。


「メリーちゃん。Vtuber…やってみないっすか」


 絵茉えまさんがまた変なことを言い出した。つい先日、「イラストの参考にしたい!」…と言って色んな服を着せられたばかりだったので、ボクは少し警戒しながら聞き返す。


「ぶいちゅーばー、ですか?」

「そうっす。この間、配信に凸したじゃないっすか。あの時のティスティスちゃんみたいに、キャラクターのガワを使って配信する人達をVtuberって言うんです」


 絵茉さんのお古のタブレットを借りて動画サイトを見ることもある。その中には、アニメのキャラクターみたいな人達がやっている配信も含まれていたので、どういうものかは何となくは分かるのだが...。


「あれは別に、好き好んで配信に出たわけでは...」

「いやー、あれも貴重な経験だったっすね。それでですね、あの時のリスナーの反応を見た感じ、メリーちゃんがVtuberやればウケると思ったんすよ。まぁ私が見たいってのもありますけど。あぁでも、メリーちゃんのメリットもちゃんとあるっすよ!」


 そう言って説明を続ける絵茉さん。確かにそれを聞くと、一人一人に電話を掛けるよりも効率良くなるんじゃないか…と思ってしまった。


「そう言われてもボク、パソコンも持ってないですし...」

「大丈夫!今時はスマホからでも配信出来ますし、私の部屋にサブ機もあります!PC壊れて仕事できない…なんて、洒落にならないっすからね。メインに比べれば多少スペックは低いけど、アレでも軽いゲームくらいは余裕っす!」


 とてもいい笑顔が返って来た。「たまにお絵かき配信とかやってたんで、環境は揃ってます!」なんておまけと共に...。


「でもボク、喋るのは苦手だし、面白い事が出来るわけでもないですよ。それにゲームも下手だし…そもそも、ボクなんかを見に来る人がいるとは思えないんですけど...」

「最初から上手い人なんていないっすよ。それに、そういう初々しいのが好きって人も多いっすからね。って言うか、メリーちゃんの声ならもうそれだけでもよゆーっすよ、よゆー!」


 絵茉さんからの評価がおかしいのはいつものことだが、そんな変わった人がそんなに居るものだろうか...。確かにこの私メリーさんは声も可愛いと思うけど、もうよく分からなくなってきた。


「だけど、ああ言うのってイラストの依頼とか...」

「ふふん、私を誰だと思ってるんですか!」


 絵茉さんがドヤ顔でこちらに向けたタブレットを見ると、そこには先日着せられた見覚えのある衣装を着た美少女のイラストが沢山並んでいる。あの日、ショーウィンドウに映ったのと変わらぬ美少女を、そのままイラストに落とし込んだような…うん、どう考えてもメリーさんボクだ。


 もしかしてこれ、最初から逃げ道なんて無かったのでは...。


「いきなり一人で、なんて無茶は言わないんで安心してほしいっす。まずは私と一緒にお絵かき配信、それくらいならどうです?」


—— 諦めて首を縦に振った。


―――

————————


「じゃあこれ、タブレットにペケッターのアプリ入れておいたっす。アカウントも作ってあるんで、プロフなんかは好きに弄っちゃって良いっすよー。あ、分かってると思いますけど、住所やメアドなんかはNGっす。個人情報、ダメ、絶対!」


 なんて台詞と共に渡された、メールアドレスとパスワードが書かれたメモ。お昼の洗い物してる間に「ちょっとタブレット貸してもらって良いです?」なんて言うから何かと思ったら...。


「個人情報…って言われても、元の名前なんてそもそも覚えてないしね」


 しかし、このタイミングでSNSのアカウント…。以前使っていた記憶はあるから、アプリの使い方は問題ない。この場合、問題は仕様用途だ。動画配信者のプロフィールを見ると、大抵SNSアカウントへのリンクが貼られているのには気付いていた。


「着実に外堀を埋められてる...」


 嫌なわけではないのだ。正直言うと、興味くらいはある。ただ急すぎて心の準備が出来ていない、と言う話なだけで。


「ひとまず現在いまのプロフィールを確認しよっか」


 半ば諦めの気持ちでペケッターのアプリを開くと ——


『メリーさん◇都市伝説系配信者』


—— 外堀、埋まるどころか壁が出来てますね...。

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