第08話 一方その頃 Side:絵茉

◇Side:絵茉えま


 夕飯も済んだし仕事の時間だ。

 洗い物はメリーちゃんが任せてって言うのでお言葉に甘えておいた。今日は日中出掛けていたので、少しでも作業時間が増やせるならそれに越したことはない。


 パソコンの前に座り、作業前にペケッターを流し見ていると、フォローしている個人Vの呟きが目に留まった。


「お、ティスティスちゃん凸待ち配信中っすか。なら今日はこれBGMにしましょうかね」


 ティスティスちゃんはカマキリをモチーフにした女性Vtuberだ。

 少しきつそうな見た目をしているが、テンポの良いやり取りにリスナーとのプロレス。そしてふと見せる優しさのギャップで、それなりに人気の個人Vtuberである。個人的には良い悲鳴を聞かせてくれるのがGoodだ。悲鳴からしか得られない(以下省略


 そんな彼女の一番の特徴は、昆虫食 ——。


 モチーフに従ったのか、虫を食べるからカマキリモチーフなのかは定かでないが、定期的に昆虫を食べる配信をする。そして、凸待ちをすれば凸者にも昆虫食を勧めていくのだ。

 前回の凸待ちでは、凸者に蜘蛛のスープを送りつけていた。後日、凸者はそれを食べる配信をして良い悲鳴を聞かせてくれたのを覚えている。


 そんな彼女の凸待ちは、凸者0人のまま終わりを迎えようとしていた。


『なぁぁぁぁんで誰も凸に来ないのぉぉぉぉぉぉ...』


 確か21時までに誰も来なかったら罰ゲームとか言っていたはずだ。その内容までは把握してないが、余程罰ゲームが嫌なのだろう…罰ゲームなのだから当然か。なんにせよ、この調子だと良い悲鳴が聞けそうだ。


『いやぁぁぁぁぁぁ!!あと5分、あと5分あるから!!——』


 …そんな心の叫びを聞きながらペンを滑らせていると、時間ギリギリに勇者が現れた。


通話を受けるや否や『きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』なんて雄叫びを上げるティスティスちゃんと、コメントで盛り上がるリスナー一同。


 そんな中、私は聞き覚えのある声がした気がして手を止める。いや、そんなまさかね —— その思いは、続く言葉にあっさりと砕け散った。


『救世??えっと…自己紹介、ですか?メリーさんです、よろしくお願いします…?』


「—— Oh...」


 確かに夕飯やお風呂を済ませてから22時くらいの間によく電話しごとしているのは知っている。今日も恐らく、食器洗いを済ませて一休み、丁度仕事を始めたところなのだろう。それにしたって、丁度見ている凸配信に…なんてどんな確率なのか。


 幸いにもリスナーの反応は良さそうだ。ティスティスちゃんとの絡みも…まぁ問題ないだろう。昆虫食を送られてくるのだけは勘弁してほしいが。


 立ち絵の話題になったのでティスティスちゃんのペケッターからDMにイラストを送信し、スパチャで確認をうながしておく。そして ——


「配信って気付いて無さそうだし、変なこと言わないよう念の為に声掛けといた方が良さそうっすねぇ...」


 メリーちゃんの部屋に向かい、配信に乗らない様に小さな声で注意すると、案の定気付いておらず目を丸くしていた。


 安心してパソコン前に戻り画面に目をやると、私の描いたメリーちゃんのイラストが表示されたところだった。気分転換に描いたものだったが、評判が良くて何よりだ。ふふふ…どうだ、うちのメリーちゃんは可愛いだろう。


 その後もティスティスちゃんの勢いに圧倒されていたが、この短期間でメリーちゃんも随分逞しくなったと思う。出会ってすぐの彼女なら、恐らく焦って会話にならなかっただろう。

 そんな保護者気分を味わっている間に、終了時間が近付いてきた。そして二人で締めの挨拶をして無事に配信終了。


 元々終了間際だったこともあり短時間で配信は終わってしまったが、部屋からの声を聞く限り問題も無さそうだ。なんだかんだ、ティスティスちゃんは気遣いの出来る優しい子なのである。


「しかしVtuberか…確かにメリーちゃんなら人気出そうだけど、性格的にちょっと難しいっすかねぇ。でも、一度くらい持ちかけてみるはありかも?」


 驚かせる手段を問わないのなら、配信でも問題ないはずだ。仮に1,000人が見てくれるなら、そのうち2~3人が驚くだけで電話より効率も良くなる。それこそ、ホラゲー配信ならもっと大勢を驚かせることだって出来るだろう。


「おまけに私は悲鳴が聞けて嬉しい、これがWin-Winの関係...」


 ちゃっかり自分の欲望を満たすことも忘れない絵茉だった。

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