第04話 その手の温もり

 少年を誘拐し、走り去って行くワンボックスカー。


 咄嗟にスマホに目をやり、開いたままだった地図アプリを確認すると ——


「—— あった!!」


 地図上には、凄い勢いで離れていくアイコンが表示されていた。急いで詳細を開きアドレス帳に登録、これで見失うことはないはずだ。アドレス帳に登録さえすれば、その後は電源が切られていても場所の特定ができるのは検証済だ。

 次いで絵茉えまへ電話を掛け、急いで部屋に戻る。


「邪魔してごめんなさい!でも大変なんです!!」


 その勢いに目を白黒させる絵茉だったが ——


「そこの公園で男の子が車に!それで急いで…ッ!!」


—— 続く言葉に真剣な表情をして見せた。


「まずは落ち着いて、そして何があったか教えて。焦らなくて良い、ゆっくりで良いから、出来るだけ正確に」


 その表情と言葉に、少しばかりの冷静さを取り戻す。一度深呼吸し落ち着いたところで改めてさっきの出来事を説明した。


 公園で男の子が白いワンボックスカーで連れ去られたこと。

 咄嗟に、その場から離れていく端末をアドレス帳に登録したこと。

 急いで部屋に帰って来たこと。


「—— 事故かと思ったら誘拐っすか、すぐ警察に連絡しないと。時間は…10分前、ってとこすかね?」

「多分それくらいだと思います。すみません、そこまで気が回らなくて...」

「何言ってるんすか、咄嗟に行動できただけで立派なもんすよ」


 絵茉のその口調にホッとしたのか、力が抜けてしまう。


「っと、大丈夫っすか?警察に電話してくるんで、今のうちに少し休むと良いです。また、メリーちゃんに話聞くことになると思うっすからね」

「わかりました、それじゃあ少しだけ...」

「あっ、ちょっと待った。警察の人にメリーちゃんって認識されるんすかね…?」

「え?—— あっ!」


 完全に忘れていた。


 渋谷で気付いてから絵茉さんに会うまでも、それ以降も、電話を掛けた相手以外からは認識されていなかったはずだ。何度か外を歩いたが、周囲には何故か人の寄らないスペースが出来ているのだ。絵茉さんのように、一度ボクを認識した相手は問題ないのだが...。


 もしかしたら、誘拐犯もボクの存在に気付いてなかったんじゃないだろうか。仮に気付いてたとしても、小学生くらいの女の子なんて気にしなかったのかもしれないが…その場合、ボクが狙われた可能性が無かったともいえないのか。犯人の目的次第ではあるけど。


「私と一緒に居れば、認識されたりは…。二人で出掛けてどうなるか、試しておけば良かったっすねぇ...」

「どうでしょうか。もしダメそうなら、代わりにお願いします」

「そうっすね。あんまり話してる余裕もないし、それじゃ警察に電話してくるっす」


 絵茉さんはそう言って、電話を掛けに自室へと向かった。


「…よく考えたら、警察に来てもらっても何て言えば良いんだろ。誘拐はまだしも、スマホで犯人の位置がわかる、なんて言っても相手にされないんじゃ。それに私と絵茉さんの関係も...」

「—— 10分くらいで来てくれるらしいっす…どうしたんです?まだ何か心配事っすか?」

「あ、それが ――」


―――

————————


「—— あぁ~…そうっすね、もうすっかり当たり前になってて気付かなかったっす…。とりあえず余計なことは言わない方向で、メリーちゃんは姪ってことでよろしくっす...」


 そして10分などあっという間に過ぎ、マンションの玄関から来客を告げるインターホン。警察の人だと思うけど、絵茉さんの対応がなんだか…?



「こちら、新田さんのお宅で間違いありませんか?△△署の剣持です、先程電話して頂いた件で話を聞かせていただきたく ——」

「はい ——。では、どうぞ ——」


 なんて遣り取りが玄関から聞こえた後、リビングに案内されてきたのは先日見た…というか、後部座席にお邪魔した警察の人だった。向こうも気付いたようで、少し驚いたような顔をしてから互いに会釈を交わす。


「改めて、△△署の剣持です。申し訳ない、本当はもう一人連れてくる予定だったんですが、別の仕事が入りまして。失礼します」


 そう言って剣持さんもテーブルに着く。別の仕事って言うのは…まぁ、なんじゃないかな。


「それで、早速で申し訳ありませんが、誘拐現場を見たということですが ——」

「はい、ボクが見ました」


 絵茉さんはボクが話すと思っていなかったのか、こちらに視線を向けたのが分かった。でも、話せるのならボクが話した方が矛盾もないし良いと思ったのだ。

 そうして、先程も絵茉さんに説明したことを繰り返す。


「—— では、時刻は今日15時45分から16時くらい。場所はすぐそこの…あー、浪白しろへび公園でしたか。そこで、白いワンボックスカーが男の子を連れ去るところを見た...と。これで間違いないですか?」


 途中で質問を挟みつつ話し終え、そう問われ頷いた。


「—— この件はまだ表に出してないんですが…こちらからの電話の前に、もう一本電話があったんですよ。『約束した時間になっても子どもが帰ってこない。遊んでるはずの公園まで迎えに行ったけど、どこにも居ない』って」

「それって ——」

「えぇ、それだけなら家出の可能性もあったんですが…。それでそっちに人を取られましてね。今のところ電話なんかは無いみたいですが」


 身代金目当てなら電話があるだろう、どれくらいで掛けてくるのかは分からないけれど。それでも、身代金目当てなら身の安全は保障されるはずだ。待っていても犯人からの電話が無い場合、他に目的が…その場合、時間との勝負になる。


 そっと地図アプリに目をやると、郊外に向かってまだ移動を続けていた。監視カメラで行先を突き止めることも出来るかもしれないが、すぐと言うわけには行かないと思う。その間、あの男の子は独り恐怖に震えることになるのだ。


 ボクの能力を伝えられたら —— そう考え顔を伏せるボクの手に、絵茉さんの手がそっと添えられた。

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