第02話 いしのなかにいる
「—— ってことで、今日の午後は実験をしようと思うっす!!」
そう宣言する
「んじゃ、都市伝説のメリーさんに従ってまずは『後ろにいるの』からやってみるっすよ」
「わかりました…それじゃ、行きます!」
アドレス帳を開き、絵茉さんのスマホを ―― 昨夜のうちに、絵茉さんのスマホとPCをアドレス帳に登録しておいた —— を選択し、通話開始...
(Prrrrr Prrrrr...)
「きたきた、もしもーし」
「ボク、メリーさん。いま、あなたの後ろにいます!」
—— 暗転、そして目の前には絵茉さんの背中。安堵の溜息を吐きながら、元の場所に座る。
「ふむ…後ろに出るのはメリーさんだし出来て当然って感じっすね。これ、後ろが崖や壁だったらどうなるんすかね?」
「ひぇっ、怖いこと言わないで下さいよ...」
「でも気にならないっすか?試すのはちょっと怖いっすけど。石の中にいる、ってやつっすね」
「石の中、ですか?」
「これがジェネレーションギャップっすか…まぁ、私も世代って訳じゃないっすけど...」
それから幾つか試した結果 ——
・『後ろにいる』や『目の前にいる』の場合、
・リビングから電話を掛けて『家の中にいる』と言っても変化なし。
・『エレベーターにいる』と言うとエレベーターの中に飛んだ。
・そこから『家の中のいる』と言うと、絵茉の部屋のリビングに飛んだ。
・『公園にいる』と言うと、近所の公園に飛んだ。知らない公園だったので、再度『家の中にいる』と言って帰って来た。
・スマホやポシェット、メモ帳は、手放した状態でも飛んだ先で身に付けていた。
「これは、電話受けた側の認識した場所に飛ぶってことで
「
「それは気にしないでほしいっす...。で、これだとメリーちゃんが思った場所とは違う場所に飛ばされる可能性も高いっすねぇ」
「そう言われても、今更じゃないですか?元々、知らない相手の居る場所に飛ぶことになるんだし…そっちは一応、あらかじめ地図アプリで大まかな場所は確認できますけど...」
なお、地図アプリは目標までの距離や最短ルートを表示することは出来るが、その高さまでは分からない。なので、絵茉の言う"背後が崖"と言う状況も無いとは言い切れなかったりする。
「確かに、そりゃそーっすね。ま、中継地点挟む場合は一応注意しましょうってことで。宇宙とか水中、なんてのも避けた方が良さそうっすね」
「何処に行かせるつもりですか!?」
「よく考えたら、呼吸って必要なんです?」
「それは…どうなんでしょう?そう言われると平気な気がしてきましたけど」
「今日お風呂入った時に試してみたらどうっすかね?」
「まぁ、それくらいなら...」
そんなこんなで気付けばいい時間だ。
絵茉さんの入れてくれたお茶を飲んで一息つき、煎餅に齧りついて思う。
—— 絵茉さんに出会っていなければ、今頃何処かで彷徨っていたんだろうか。公園の遊具の陰で膝を抱える姿を想像したのは、さっき見た公園の所為か。
食べなくても大丈夫だから…そう言ったボクに、遠慮なんてしなくて良いって温かいご飯を食べさせてくれた。お風呂や布団も…それに、何より一緒に居てくれる。
「なんか幸せそうな顔してるっすね、そんなに煎餅美味しいです?」
そんなことを言いながら煎餅に手を伸ばす絵茉さん。出会ってまだ一日だと言うのに、どれだけこの人に救われたのだろう。人一人増えるとそれだけ大変なことくらい、ボクにだって分かる。それなのにこの人は、なんてことない顔で...。
「ふふっ、内緒です♪」
「えー?…でも良いなぁ、日帰りで何処でも旅行し放題じゃないっすか」
「ダメですよ、電話掛けた相手が驚いちゃうじゃないですか」
「私に掛ければ行けるんじゃないすか?」
「うーん…どれくらいの距離まで行けるんですかね?それに、どっちにしろ行けるのボク一人じゃないですか、そんなの嫌ですよ...」
「んー?私と一緒じゃないと寂しいっすか~?メリーちゃんたら可愛いんすから~」
「ちょ、なんでこっちくるんですか!?」
そうだ、独りは寂しい。でもこの気持ちは違う。
独りになるのが嫌なんじゃない、この人と離れたくないんだ。
絵茉さんと一緒に居たい。依存、しているのだろう。
「いつか、一緒に旅行もしたいっすね。取材って言えば経費に出来るだろうし」
「良いんですか、それ」
「良いんすよ、いっぱい写真撮って資料だー!って言えば通るっす。だから、色んなとこ行っていっぱい写真撮りましょう、ね?」
ボクはこの人に何を返せるだろう。
でも今は、この夢のような時間に浸っていたかった。
—— ちなみにその夜…お風呂で試した結果、呼吸はしなくても平気だった。
絵茉さんにそう報告すると、「なら城の堀にワープしても平気っすね!」って言われたけど、一体どういう状況を想定しているんだろうか。
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