第06話 これから

「—— ごめんなさい」


 温かい視線を感じつつ謝罪する。と言っても、こんなことで機嫌を損ねたりしないだろう、半分は照れ隠しだ。顔が赤くなっているのは自分でも分かっている。


 絵茉えまさんは「気にしなくて良いっすよ」って言ってくれたけど、こう何度も泣くところを見られるのは気恥ずかしいのだ。見た目は小学生でも、心は16歳なんだから仕方ない。心が身体に引っ張られてるんじゃないか…とか言っていたけど、自分ではよく分からないし。


「さて、落ち着いたところで…電話を掛けてを言うとワープするのは分かったっす。かと言って、電話を掛けないって訳にもいかないんすよね?」

「はい…一応、都市伝説の仕事として人を驚かせないといけないみたいで...。驚かせるだけなら電話じゃなくても大丈夫だと思うんですけど、それはメリーさんとしてどうなのかなって」

「そこはまぁ…メリーさんの知名度を考えたら、電話掛けた方が効率も良さそうっすからね」


 残念ながら、今のところ驚かせるより驚いた回数の方が多いのだが。さっき説明した時だって、絵茉さんは然程驚いている様にも見えなかった。改めて考えると、ボクって都市伝説に向いてないのでは?言ったところでどうしようもないが、そう思ってしまうのも無理はない。


「それで、ここからが本題なんすけど —— メリーちゃん、うちで一緒に暮らさないっすか?」


 急に何を…と思ったが、その表情は冗談を言ってるようには見えない。


「さっきから考えてたんすよ。キツい事も言いますが、まずは聞いて欲しいっす」




—— もし本当に転生だとしたら、元々の身体はどうなったのか?事故か事件で亡くなったのか、もしくは行方不明か。いずれにしても今の身体では行く当ても、帰る当てもないのでは。


 そうだ、元々居たはずのボク。メリーさんになったことで頭が一杯で、そこまで考えていなかった。それに、ボクが居なくなって家族や学校はどうなったんだろう。気にしても仕方のないことかもしれない。でも、思い出したからには気にならないと言ったら嘘になる。


—— 今後、電話を掛けるたびに色んな場所に飛ばされるのなら、身体も心も安心して休める場所が必要ではないか。それなら、うちに好きなだけ居てくれていい、帰ってくる場所にしてほしい。幸い部屋に余裕はあるから ——


 確かに、飛んだ先が安全なのかも分からず、電話を掛けた相手がいつも善人とも限らない。むしろ、驚かせに来た相手なんて邪険にするのではないだろうか。帰る場所のありがたさ、それはついさっき実感したばかりだ。


「—— まぁ空き部屋って言ってもオタグッズ資料が大量なんで、多少の片付けは必要っすけどね。それでも、人一人増えるくらい余裕っすよ」


 なんで笑顔でそんなことが言えるんだろう。出会ったばかりの、こんな得体の知れない存在なのに。本来ならもっと疑うべきなのかも知れない。それなのに、この人は信じられる、信じたいと思ってしまう。嬉しい気持ちと、これ以上迷惑を掛けるわけには…そんな気持ちがせめぎ合う。


「でも、これ以上迷惑をかけるのは ——」


 ほんの半日にも満たない時間で心が折れそうだったのに、いつまで続くかも分からない時間を独りで過ごせるなんて到底思わない、思えない。


「さっき言ったじゃないっすか、"あなたみたいな可愛い子のお世話が出来るならこれくらい安いもんだ" って。それに野宿させる訳にもいかないし、折角電話一本で飛んで来れるんすから」


 それに、温もりを知ってしまった。思い出してしまった。もう独りは耐えられない。独りぼっちは、もう嫌だ...。


「あぁ、でも私こんななんで、掃除とか片付け手伝ってくれると助かるっす。おまけに『お姉ちゃん』とか呼んでもらえると最高っすね!そんで朝起こしに来てくれたりなんかして ——」


「—— ボク、ここに居ても良いんですか」


 我慢出来ずに気持ちがこぼれ落ちる。ダメだ、泣いたりなんかしたらまた迷惑を...。


「私としては、メリーちゃんがここに居たいか居たくないかを聞きたいところっすね。嫌だって言うのを無理に引き留めても、お互い良いことなんてないと思うんで」

「嫌なことなんてないですッ!—— 許されるならここに居たい、でもボク、迷惑とか心配とか一杯掛けちゃうと思うから...」

「そりゃあ他にも色々考えることあるだろうし、迷惑掛けることもあるとは思う。でも、お互いに助け合えることもあると思うんす。それに、そんな今にも泣きそうな顔した女の子放り出すなんて、出来る訳ないじゃないっすか」


 絵茉さんは「まさか、そんな薄情だと思ったんすか」って言って笑っている。その笑顔に改めて、ここに居たいなって…そう思って ——


「—— お願いします。ここに居させてください」


 そう言って頭を下げた。


 絵茉さんはボクを優しく抱きしめて、泣き止むまでずっと側にいてくれた。




「—— それじゃ、今夜は歓迎会っすね!!ピザでも頼んじゃいますか!!あ、そう言えばご飯とかは食べれるんです?ココアは普通に飲んでたっすけど」

「えっと、お腹が空いたりはしないみたいなんですけど、食べたりするのは多分大丈夫だと思います。って言っても感覚的なものなんで、ちょっと説明しづらいんですけど」

「なら、ダイエットなんかは必要ない感じっすか?成長とかどうなるんすかねぇ...」

「まだその辺は何とも…。っていうか絵茉さん、全然太ったりしてないじゃないですか」

「メリーちゃん、人には触れてはいけない話題と言うものがあるのだよ...そんな悪い子はデザート抜きの刑っす!お姉ちゃんって呼んでくれるまで許しません!!」


 そう言う絵茉さんはやっぱり笑顔で、お姉ちゃんって呼べばもっと笑顔になってくれるのかなって、少しだけ勇気を出して ——


「……ぇ、絵茉おねぇちゃん...」


「——— 我が生涯に、一片の悔いなし...ガクッ」

「ちょ、絵茉さん!?」


 そんなやり取りが楽しくて、どちらからともなく笑いだした。


「それじゃ、これからよろしくっす」

「はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」

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