第05話 相談と、実験と
「—— えっと、ごめんね。ドア開けるから、聞こえてたら少し離れて貰っても良いかな…?」
気遣うような声に…事実、気を遣ってくれたのだろう。その優しい声に従ってドアから一歩離れると、恐る恐るドアが開いていく。
ドアの隙間からこちらを窺うように顔を覗かせたのは、肩までのややぼさっとした茶色い頭に、眼鏡の似合う二十代半ばくらいの女性。こちらを気遣うその表情に、少し気持ちが落ち着いてきた。…それと同時に、泣いていたことが恥ずかしくなり俯いてしまったのだが。
「ヵヮ…っ…ンん、ぅん!あー…、君は迷子…で良いのかな?それとも部屋間違えっちゃった?お父さんかお母さんは...」
そう言いながら通路を見渡し、他には誰もいないことを確認したのだろう。
目の高さを合わせ、何も言わずにボクの言葉を待ってくれているが、ボク自身なんて言えば良いのか分からない。そもそも本当のことを言ったところで、『気付いたらメリーさんになってました』…なんて、どれだけの人が信じてくれるというのか。ボクが言われたら、冗談かと笑ってそれでお終いだ。次の日には言われたことさえ忘れている自信がある。
「なんか訳ありっぽいし、あなたさえ良かったら上がって行かない?」
そう言ってドアを開き、家に上げてくれたお姉さんは上下ともグレーのスウェットで「ごめんね、こんな格好で」って苦笑した後、小声で「これって誘拐になったりしないよね...」と
案内されたリビングで差し出された座布団に座って待っていると、お姉さんが戻ってきた。
「はい、どうぞ。ココアしかないんだけど、大丈夫かな?」
「—— ありがとう…ございます...」
「どういたしまして。まずはそれ飲んで落ち着いてね」
それから暫し無言の時間が過ぎ、コップを空にしたところで口を開く。ココアを飲みながら思ったのだ、どうせこのまま一人で考えても仕方ないんじゃないかって。それならこのお姉さんに相談してみよう、信じてくれなくても一緒に考えるくらいはしてくれるかもしれないって。
まぁ、リビングの本棚に並んだマンガやライトノベルを見て、ボクよりはこういうことに詳しいんじゃないかって、そう思っただけなんだけど ——
「—— つまり、元々は女子高生だけど気付いたら渋谷でメリーさんになってて…私に電話を掛けたら今度はうちの部屋の前に居た…と」
「そうです…それに自分の名前も家族のことも思い出せなくて、それで不安になっちゃって...」
「なるほどねぇ、道理で。見た目の割に話し方がしっかりしてると思ったんすよ。それなら納得納得…。あ、話し方これで大丈夫です?さっきまでの話し方疲れちゃって」
そう言ってカラカラと笑う女性を前に、いつの間にか気分が軽くなっている事に気付く。
「あっ、そう言えばまだ名乗ってなかったっすね。
「あ、はい。えっと、メリーさん…です。すみません、ご迷惑おかけしちゃって...」
「あはは、いーのいーの。あなたみたいな可愛い子のお世話が出来るならこれくらい安いもんす。それでメリーさん…メリーちゃんでいっか。メリーちゃんは転生って聞いたことある?」
「…転生って、最近のアニメとかでよくあるやつですよね…?詳しくは分かりませんけど、聞いたことくらいなら...」
長々としたタイトルで転生どうこう言ってるアニメがあったはずだ、見たことはないが。
「そうそう、それっす。で、メリーちゃんも転生したんじゃないっすかね?原因までは分かんないっすけど。そんで、うちまでワープして来たのはメリーちゃんのチート能力」
「でっ、でも!最初に電話かけた時には、何も...」
「ふむ、最初の電話はどんな感じだったんです?」
「…繋がったと思ったら英語が聞こえて、吃驚してすぐ切っちゃいました...」
「なら、その所為じゃないっすかね?だって、うちに掛けてきた時は言ってたっすよ。『いまあなたの家の前に居るの』って。まぁ、細かい部分は違った気がするけど」
「—— あ」
そうだ。吃驚して、咄嗟に練習してた台詞を言ったんだ。
「電話掛けて、『うちの前にいる』って言ったから、うちの前にワープした。こう考えたら、納得は出来なくても説明は出来ちゃうんすよ。そもそも都市伝説やワープの時点で納得とか言われてもアレっすけど」
「なら、また電話掛けたら何処かに飛ばされちゃう…って事ですか?」
「可能性としてはそう言うことっすね。なんで、試せるなら今のうちに試してみることをオススメするっすよ。具体的には、またうちに掛けて『家の前にいるって』言ってどうなるのか」
「そう、ですね。また急に飛ばされるよりは...」
飛ばされることが分かっていれば、心構えくらいは出来るだろう。それに、安心して試せる機会があるなら試しておいた方が良い。
「お願いしても良いですか?」
「勿論、そもそも私が言い出した事っすからね。早速やるっすか?パソコンは立ち上げっぱなしなんでいつでも良いっすよ」
「分かりました…それじゃあ、掛けてみます」
スマホを取りだし地図アプリを開く。現在地のすぐそばにある通話機器を選び通話開始 ——
(Prrrrr Prrrrr...)
「おっと、今度はスマホなんすね。もしもーし」
絵茉さんに視線をやると、頷いてくれた。
「—— ボク、メリーさん。いまあなたの家の前に居ますっ!」
一瞬の暗転の後、目の前には先程見たばかりのドアが。そしてスマホからは ——
「—— おぉ、消えたっすよ!いま何処っすか?」
少し呆けてしまったが、その声にハッとする。
「あっ…さっきと同じ、部屋の前だと思います」
「それじゃ実験成功っすね。鍵は開いてるので入って来てもらえるっすか」
いつの間にか、脱いでいた靴も履いていた。身に付けていなくても一緒に移動するのが分かったのも一つの成果だろう。そんなことを考えつつリビングに戻った彼女に ——
「おかえりっす」
—— 話し合いを再開するには、少しばかり時間が必要なようだ。
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