第04話 涙の理由
◇Side:???
—— なんてことない日だった。なんてことない一日のはずだった。
昨夜ベッドに入ったのは2時を回った頃だっただろうか。推しの配信を聞きながら、仕事のイラストを描き上げたのが確かそのくらいだったはずだ。その代わりに、今日は昼まで惰眠を貪ってやった。
まだ重い瞼を擦りながら朝昼兼用の冷凍パスタでお腹の虫を静めたら、再びパソコンの前で仕事の続き。メールをチェックし、作業用BGMに配信を垂れ流しにしたら仕事再開。
「こんな
最近はソーシャルゲームやVtuberのお陰で仕事が増えて助かっている。お金を使う時間は減ってしまったが、元々出不精なんだから大差ない。それよりも、アニメや推しへの投資に使える費用が増えることが大切なのだ。何より好きに配信を見れるのが良い、在宅ワークさいこーっ!!
—— そんないつも通りの、代わり映えの無い一日。
ふとモニターの
「—— ふぅ。キリが良いし、ここらでなんか飲んで一息入れましょーかねっと」
立ち上がり、軽く肩を回しながらキッチンへ。
「暑くなってきたし、そろそろアイスコーヒー箱でポチッとかなきゃダメっすねぇ。今日は…ココアにしますか。あー、牛乳もまた買ってこなきゃ...」
残り少なくなった牛乳を片付け、ココア片手にパソコンへと一歩踏み出した時 ——
(~~~♪ ~~~♪)
—— なんてことない日々に、終わりを告げる音が鳴り響いた。
それは、聞き慣れたパソコンの通話アプリが鳴らす呼び出し音。
ココアを零さないよう気を付けながら早足で向かい、マグカップを置きながら相手の確認もせずに通話を開始をクリックして ——
「はいはぁーぃ、だぁーれぇー?」
どうせまたイラストレーター仲間の誰かが作業通話でも掛けてきたんだろう。それか、先日納品したイラストに修正でも掛かったかな、だとしたら挨拶軽すぎたな…なんて考えていたのに、返って来た声は聞き覚えのない可愛らしい声で ——
『ボボボ、ボク、メリーさんッ!いまあなたの家の前に居ます ―― ッ!!』
余りの衝撃に、ついうっかり「ボクっ娘ぉ!?」なんて口走ってしまったが私は悪くない。急にボクっ娘が出てきたら全人類そうなるはずだ。
しかし、随分と可愛らしいメリーさんだが悪戯電話は悪戯電話だ。そう思い優しく諭したつもりだったのだが、少し様子がおかしい。戸惑っているのか、混乱しているのか、通話の向こうから聞こえてきたのは戸惑うような声。そしてそれは、すぐに嗚咽へと変わっていった。
「ちょ、泣かないで!?怒ってない、怒ってないから!」
必死に
—— いまあなたの家の前に居ます ―― ッ!!
「—— 嘘っ、もしかしてほんとに部屋の前に居るぅ!?」
子供に泣かれるのは苦手だ。
「あぁもう、こんなASMRは求めてなかったっすよ!!」
何がどうなってるのかは分からないが、放っておくわけにもいかない。別にそう考えたわけではなかったが、気付けば玄関に向かって駆け出していた。
◇Side:メリーさん
—— 一瞬にして景色が変わった。
目の前に居たハチ公も、広場の緑や周囲の人波も消え去り、代わりに視界に映るのは…視界を埋め尽くしたのは、一枚のドア。
突然のことに混乱した頭を振り周囲を確認してみるが、何処かのマンションの通路だろうことしか分からない。ここが何処かも分からないし、何が起きたのかも分からない。ないない尽くしで泣きそうになっているところに ——
『—— ボクっ娘ぉ!?…って、メリーさんとか家の前に居るとか、悪戯電話です?ダメですよーそんなことしちゃ ——』
追い打ちを食らい、どうしようもなくなってしまった。
「えっ、いや…ちが、あの…ボクはその……っ、ぅ……、ぅあ…」
必死に抑え込んでいた不安が、涙と共に
『ちょ、泣かないで!?怒ってない、怒ってないから!お願いだから落ち着いて!? —— って言うか外からも聞こえてくる!?嘘っ、もしかしてほんとに部屋の前に居るぅ!?』
どうしようもない不安と混乱。そして、人と話したことによる安堵。こうして人の声を聞いて安心した。寂しかったんだと理解した。強がっていただけなんだと理解させられてしまった。
—— 渋谷の真ん中で気が付いてから今まで、誰も近寄ったりしてこなかった。人波に紛れ歩いても、何故か周囲には空間が出来ていた。話し掛けられることも無かったし、当然会話する機会など無い。都市伝説になったんだからそんなもんだよね…なんて、強がりを口にしながら...。
本当に自分がここに居るのか不安だった。
泡のように、今にも消えてしまうんじゃないかって怖かった。
やけに増えた独り言の
都市伝説 —— 例えおばけのような存在だとしても、それでも誰かにボクを見て欲しくて。
剥き出しになった感情は制御を外れる。
今は、ドアの向こうから聞こえてくる慌ただしい足音すら愛おしい。
ボクはここに居るんだって、そう言ってくれている気がして。
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