9
次の日はもう補習授業の最終日で、本格的な夏休みは目前になった。
楽しみなはずの休みを、こんなに落ち込んだ気分で迎えるだなんて、数日前の私はちっとも想像しなかった。
予定を合わせない限り、しばらく旭とは会えなくなる。彼を小夏ちゃんに取られたくなければ、私も彼女以上に接近しないといけない。だけど、それでも到底勝ち目があるとは思えない。私より遥かに多い経験値を積んで、日々女子力を磨いている一軍女子。どうやって張り合えばいいんだろう。
考えながら歩いていると、ふいに聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。見下ろすと、図書館沿いの生垣をぷちが並んで歩いていた。「ぷち……」名前を呼んで屈み、小さな頭をそっと撫でる。ぷちは私の右手に頭をこすりつけて、嬉しそうに目を細める。可愛らしい様子に、自然と頬が緩む。
「このままじゃ、いけないのかな」
思わず話しかけてしまう。
「私、今のままが一番いいって思ってたのに。そうはいかないみたい」
綺麗なエメラルドグリーンの瞳が私を見つめる。まるでぷちは全てを理解しているみたい。応援してくれているようにも感じる。
そうだ、とにかく今日を楽しもう。いつも通りに話して、涼しくなったらぷちも加えて公園に行こう。コンビニでアイスを買って食べるのもいい。これまで言えなかった「もっと話したい」を伝えるのは、今のような気がする。
心が弾む想像が膨らんで、少し軽くなった足取りでぷちと一緒に道を行く。生垣が途切れて、左手に折れれば図書館の敷地。
目に入った光景に足が止まった。建物の出入り口前に、旭と小夏ちゃんがいる。向かい合って何かを喋っていて、こっちからは二人の横顔が見える。彼女の高い笑い声が鼓膜を打った。
ぷちが駆け出して、二人が振り向く気配を感じ、私は慌てて生垣に身体を引っ込めた。隠れなきゃと思った。鉢合わせてはいけない気がした。
身を潜めてから、ふつふつと疑問が湧いてくる。どうして私は隠れたの。顔を合わせたらいけない理由なんてないはずなのに、私は何で息を殺してるの。
話す内容までは聞こえない、でも再び小夏ちゃんの笑い声が耳に入るようになって、思わず来た道を駆け出した。聞きたくない、見たくない。さっきまで膨らんでいた希望は、ぺちゃんこに萎んでしまった。自分が逃げているのだと気が付き、あまりの惨めさに歯を食いしばった。
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