第1章7話:海の魔物

島の暮らしは、とても穏やかで。


つつましくも、アリスティは幸せだった。


幸せに暮らした。


そして月日は流れ……


アリスティは13歳となる。


アリスティは、島の外について考えることが多くなった。


ずっと島で暮らしてきたアリスティ。


でも、外はどうなっているだろうか?


砂浜に立っていたユーナに尋ねてみる。


「島の外……ね」


ユーナはいろいろ教えてくれた。


王国や帝国などの国があって。


町や村があって。


衛兵や商人、冒険者などが活動し……


平民や農民が貧しくも穏やかに暮らしている。


そんな、広い世界のことを。


「でも、外に出るのは、無理よ」


「……? どうしてですか?」


「見てみなさい」


ユーナは、水平線に向かって指をさした。


海の向こう。


そこに、大きな白い物体が存在した。


海の生物……だろうか?


ひょろ長い首を持っている。


「あれは海の大蛇アルヴィケル」


「アルヴィケル……」


「あたしたちは、あいつに襲われて、島に閉じ込められたのよ」


今まで母やユーナたちが、何故、島から脱出しようとしなかったのか。


それは、恐れていたからだ。


島の近海に潜む、化け物を。


――――アルヴィケル。


全長100メートルを越える、海の支配者である。


かつて、父テュードや母ミリア、ユーナたちは帆船に乗っていた。


この海域を探索するため航海していたのだ。


しかし、突如として海から巨大な蛇があらわれた。


それがアルヴィケルである。


ユーナたちの乗った船は、アルヴィケルに襲撃され……大破。沈没した。


乗組員のほとんどは海に落ち、行方不明。おそらく死んだと思われる。


そのなかで、テュード、ミリア、ユーナの3名だけは、なんとか生き延びた。


死をまぬがれて、このミユテ島に流れ着いたのだ。


だが、助かったはいいものの……


大陸に帰ることができなかった。


なぜなら、まさに島の近海にアルヴィケルが出没するからである。


実は、テュードやユーナが過去に2度、イカダを創って沖に出たことがあったが。


アルヴィケルが海に顔を出しながらさまよっているのを発見。


それ以上進むことができなかった。


結局、大陸への帰還を諦めて、3人は、島で生きていくことを決意したのである。






――――アルヴィケルは、島周辺の海域を遊泳している。


ゆえに、島からは出ることができない。


ミユテ島は、アルヴィケルが作り出した監獄なのだった。


「あれから相当な年月が経っているし、アルヴィケルもさすがに、どこかへ消えたかもしれないと思ったんだけどね」


その予想は外れた……と、ユーナは力なく笑った。


アルヴィケルは実際、目視できる範囲を泳いでいる。


あんな化け物がいる限り、島を出て航海することは不可能だ。


途中で襲われて、間違いなく死ぬ。


「あたしたち、永遠に島暮らしかもね」


と、ユーナはかげを帯びた声でつぶやく。


アリスティは尋ねた。


「あの蛇を倒せば、外に出られるってことですか?」


「……まあ、そうだけど。倒すなんて、無理よ。あいつはSランクにすら迫る魔物だもの」


「……」


Sランク。


冒険者における魔物の最高等級。


アリスティには、その恐ろしさがピンとこなかったが……


強大な存在であることは理解できた。


(でも……)


アリスティは思う。


ユーナは、今でも、島の外へ帰りたいと願っているだろう。


その願いを叶えてあげられないだろうか?


ユーナや母が、島を脱出するためには、アルヴィケルが邪魔になる。


だったら……


(アルヴィケルを倒す……)


アリスティは、そう心の中でつぶやく。


そして、この日から。


アリスティの中で、アルヴィケルの討伐が、目標になっていった。

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