第1章2話:アリスティの力

―――この世界の人間の寿命は、とても長い。


50歳や100歳で死去することはない。


短い人間でも、200歳以上……


長ければ500歳~1000歳は生きることになる。


そして、それにあわせて老化も遅い。


ほとんどの人間は20歳を過ぎてからは、見た目の変化は止まり。


200歳あたりを過ぎてから、下り坂が始まり、だんだんとシワやたるみが増えてきて。


老いが深まっていく。


アリスティやミリアは推定300~500年ほどは生きる。


ユーナはエルフなので、数千年は生きると思われる。




◆◆◆




「ユーナ」


アリスティは、砂浜にいたユーナに話しかける。


戦闘訓練について、母に伝えられたことを、ユーナに告げる。


ちなみにアリスティは、ユーナのことは呼び捨てである。


基本的にアリスティのコミュニケーション方法は、母のスタイルを、そのまま受け継いでいる。


母が敬語を使うなら、アリスティも敬語を使う。


母がユーナと呼ぶなら、アリスティもユーナと呼ぶ。


そして、そのことをユーナは了解していた。


だから呼び捨てされたことに、いちいち怒らない。


ユーナは答えた。


「わかったわ。じゃあ【訓練場くんれんじょう】に行きましょう」


――――訓練場。


島には、そう呼ばれている場所がある。


ユーナたちが身体を鍛えたり、剣の修行をおこなったりする場所だ。


砂浜から、坂道をのぼった先にある。


アリスティは、ユーナと一緒に、訓練場にやってきた。


半径50メートルぐらいの円形の広場である。


ユーナが言った。


「まず体力テストをしましょう」


「体力テスト、ですか?」


「そう。アリスティが現在、どれぐらい魔力や筋力を持っているか、確かめないとね。訓練をするのはそこからよ」


「なるほど……何をするんですか?」


「まずは【身体強化魔法しんたいきょうかまほう】を覚えてもらうわ」


ユーナは説明する。


身体強化魔法とは、その名の通り、身体を強化する魔法である。


攻撃力、耐久力、跳躍力、筋力、骨の強度などなど。


フィジカルを全体的にアップさせる魔法だ。


――――人間は生身では、魔物とは戦えない。


力の差がありすぎるからだ。


ゆえにヒトは身体強化魔法を使い、攻撃力や耐久力を強化して、魔物と戦う。


身体強化魔法は、魔物と戦闘するうえで必須となる魔法である。


「全身に魔力を行き渡らせるようなイメージね。こんなふうに、魔力を全身に滞留たいりゅうさせるの」


ユーナが実演してみる。


ユーナの身体にはりつくように、魔力がよどみなく循環しているのがうかがえた。


アリスティは理解した。


「わかりました。私もやってみます」


さっそく、実演してみた。


目を閉じる。


集中する。


自分の中にある魔力の流れをとらえる。


魔力は、外に向かって、拡散している。


それを拡散せず、自分の全身にまとわりつくように、滞留させるイメージ。


「……」


アリスティが身体強化魔法を成功させる。


ユーナは、感心する。


「上手ね。初めてにしては、驚くほどスムーズよ」


「えっと、ありがとうございます」


「じゃあ、次は、その状態で、そこの岩を殴ってみて」


「岩?」


ユーナが指差した先には、大きな岩石が存在した。


5メートルぐらいの高さがある、巨大な岩石だ。


「この岩は、ストーンゴーレムの残骸なの。硬い素材だから、パンチの訓練にはもってこいなのよ」


言うなり、ユーナは、岩石に近づいて。


「こんなふうに――――フッ!!」


岩石をぶん殴る。


身体強化魔法をした状態でのユーナのパンチ。


殴られた岩石は、3メートルほど、ザザザッと後ろに後退した。


ユーナは説明する。


「殴って、岩石をどれだけ動かせるか、計測する。私の全力パンチだと、見てのとおり、3メートルほど動かせるわ」


「ふむふむ」


面白い……と、アリスティは思った。


ユーナは言った。


「じゃあ、アリスティもやってみて。ああ、注意点だけど、身体強化魔法は絶対に解いちゃダメよ。もしも素手で殴ったら、拳が壊れるからね」


「は、はい」


確かに、素手で殴ったら骨折しかねない。


身体強化魔法を解かないように、アリスティは集中力を高めた。


ふぅ……と深呼吸をする。


岩石の前に立つ。


アリスティが拳を構えた。


最後に、身体強化魔法をきちんとおこなえていることを確認し――――


拳を放つ。


ズドォォンッ……!


と、激しい音が鳴った。


次の瞬間、生じた現象は、ユーナの驚愕きょうがくさせるものだった。


「なっ……!?」


なんと。


アリスティのパンチを食らった岩石は、7メートルもの距離を後退していたからだ。


上出来……


などというものではない。


ユーナの倍以上の距離である。


それはすなわち、ユーナのパンチより、アリスティのパンチのほうが、遥かに威力があるということだ。


まだアリスティは、身体強化魔法を使い始めたばかりなのに。


有り得ない。


ユーナは、乾いた笑いを浮かべた。


「はは……まさか、ここに天才がいたとは……」


誰だって努力で強くなる。


拳や剣を、はじめて握った瞬間から、強い人間なんていない……


ユーナはそう思っていた。


だが、違った。


この世には、常識を越えた存在がいるのだ。


しかも、こんなにも身近に。


ユーナは、アリスティの見せた才能に、感動と賞賛の念を覚えるのだった。

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