第26話 斬るべきもの
「ツルギ君も知ってると思うけど、モンスターの中には、超能力としか思えないような力を発揮するものが居るわ。思い当たるものがいくつかあるでしょう?」
カラスマさんに言われて俺は思い出す。
バジリスクの睨んだ相手を止める力や、ロックドラゴンの岩を自在に操る力、あれらはまるで超能力を使っているようにしか思えない。まあ、そういう力があろうとも切り伏せてきたが。
俺が頷くとカラスマさんはにっこりと微笑んで話を続ける。
「そう、そしてそれらのモンスターの力を調べて、私たち人間サイドでも使うことを目指したのが、私の研究ってわけ。私が開発したサイコアームは使用者の思考を読み取って、いわゆる念力を発生させる。そうして触れずに物を動かすのよ。簡単に言うとそんな感じだけど、サイコアーム技術がどういうものか、もっと詳しく話そうか。専門的な話になるけれど」
専門的な話か。たぶん、説明してもらっても理解ができないな。俺は首を振った。
「専門的な話は結構です。そもそも、どうしてそんな研究をしようと思ったんですか?」
「言ったでしょう。モンスターの力を調べ、人間がその力を使えることを目指したと、とはいえ、あなたが聞きたいのはそういうことじゃないのよね?」
「ええ」
「良いわ。答えてあげる。私は元々ブレインズ社でVRDを操作するための研究をしていたわ。あなたが自然に動かしているその人形も、私たちの研究の積み重ねの、その成果ってわけ。でね、私は人がVRDを操作できるようになっても、それだけでは満足できなかった」
「と、言うと?」
カラスマさんの瞳が怪しく光る。俺が初めて見たそれは、彼女の研究者としての顔なのだと分かった。そしてその表情にはいくらかの狂気が見てとれた。
「私はね。片腕が無いの」
「え?」
一瞬、彼女の言うことが理解できなかった。それが、目の前に立つ人形のことではなく、遠いどこかに居る彼女の肉体のことを言っているのだと理解するには数秒の時間を必要とした。
「子どものころにね。事故で、生身の、右腕を失ったのよ」
「それは……」
言葉が続かなかった。それは軽々と触れてはいけない話題なのではないかと迷う。彼女はそんな俺を見て優しく微笑む。
「良いのよ。気にしなくても。でも、気を使ってくれてありがとうね」
俺は黙っていた。彼女は「そうね」といって話を続ける。
「私は片腕を失って、ある手術を受けたわ。手術、というより改造、といったほうが良いかもしれない。簡単に言うと。私は肘から先に機械の腕をつけたのよ。私の思考で動く、生身のように精密な腕。でも、それは金属なのよ。私は感動したわ。そして思ったの」
「何を……ですか?」
「私は思うのよ。人の思考はあらゆるものを動かせるわ。きっと、人はいつか、それは遠い未来だろうけど、意思の力だけでありとあらゆるものを動かすことができるようになる。分かる? あらゆるものを動かせるということは、世界を自由に作り替えることもできるということなのよ」
正直、カラスマさんの言っていることは荒唐無稽に思えた。ありえない。そんなことができるわけがない。そう思える。だけど、彼女の目は本気だった。それが本物の彼女でなく、彼女が動かしている人形だとしても、その人形の瞳には恐ろしいほどの本気の感情が宿っていた。
「……信じていないわね」
「そんなことは……」
そんなことはない……とは言えない。実際、俺は今の彼女の話を信じていない。そんな俺を見て彼女は寂しそうな顔をした。
「良いのよ。信じなくても、でもね。私は信じてるのよ。いつか、人の意思が、この宇宙の小さな小さな粒さえも自由に動かせる未来を。ありとあらゆるものが人の思考によって制御された世界を。きっと、その世界にあるのは、人が真に宇宙を支配した世界なのよ」
「まるで……」
「まるで?」
その先を言って彼女がどういう表情をするのか分からなかった。だから中々、先を言うことができない。
「良いのよ。あなたの考えていることを言ってみて。笑ったり、怒ったり、そんなことはしないわ」
「……では……遠慮なく」
「うん」
「それはまるで……神様を目指しているみたいです」
俺の言葉に対し、カラスマさんが笑ったり、怒ったりすることはなかった。ただ、彼女は穏やかな顔をして「そうね」と言った。
「カラスマさん、あなたは本気で神になるつもりなんですか?」
「きっと、そうなるのは私ではないわ。それは遠い遠い未来の話だと思う。でも……もしなれるのなら……なってみたいわね。神様に」
「そうですか」
俺の中でふつふつとある思いが湧き上がってくるのが分かった。それは俺がこれまで生きてきた中で最も生々しく、最もはっきりとした欲のように感じられた。そんな俺の内心を知ってか知らずか、カラスマさんは言う。
「ツルギ君。私に幻滅したかしら。自分でも分かってはいるのよ。まともじゃないって。人に言えば否定されるような思いだって。だから、これはツルギ君とお姉さんの間だけでの秘密よ。私はあなたがこの話を軽々しく誰かに話したりしないと思ってるから、私の心の内にあるものを話したのよ」
俺は、彼女のことをまともではないと思う。でも。
「別に、カラスマさんに幻滅なんかしませんし、あなたの夢を否定したりもしませんよ。ただ……」
「ただ?」
「あなたが神になるというのなら……もし、あなたが神になったのなら」
彼女のことをまともではないと思いながら、俺自身もまともではないと感じている。俺はこれまで生きてきて始めて、強い意志をもって、誰かを斬ってみたいと思ったのだ。俺の心が彼女を斬ることを望んでいる。彼女ならば、この心がずっと斬りたいと願っていたものになってくれるかもしれない。だから、俺は強く、彼女が神になることを望んでいた。
「俺は神を斬りたいんです。それが子どものころから、神滅流剣術を学んできた俺の願いなんです。あなたが神になるというならば、あなたが神になってくれたら、俺はこの世に、明確に斬るべきものを見つけることができる。だから」
だから。
「なってください。神に。そしたらあなたを斬りますから」
彼女は呆気にとられたように目を丸くしていた。やがて彼女は楽しそうにくすくすと笑い始める。
「歪んでるわね。あなた。いえ、歪んでいるのはお互いにかしら」
「ええ、歪んでますよ。お互いに」
その日、俺は初めて、明確に斬るべきものを見つけた。
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