第25話 Q

 時刻は零時を回ったところ。俺はVRDの遠隔接続を切り、意識を埼玉の自宅へ戻した。


 ヘッドセットを外し、横になったまま、暗い天井を眺めながら思い返す。


 マリーはある人物にとのかかわりがあった。ある人物、というのはマリナのことだ。話を信じるなら、だがマリーはマリナの姉らしい。


 マリナが近距離先頭にこだわるのは、彼女の姉や父への反抗意識からののだという。


「……どうしたもんかな。マリナには、直接は事情を聞かないほうがいいよなあ」


 彼女は今まで家庭に関する話をしなかった。考えすぎかもしれないが、彼女はその話を意図的に避けているのかもしれない。それならば、触れてはいけない話だ。彼女から話をしてくれるまで、話題には出すべきではないだろう。


 マリーから話を聞く前、残ったソルジャービートルを討伐するのを手伝った。倒した分だけクリスタルが手に入ったので、うまいと言えばうまいのだが、日付が変わるギリギリまで手伝う必要はなかったかもしれない。第二層のいたる所にソルジャービートルは発生しているようだが、残りの討伐はダンジョン管理局に任せるとしよう。


 だんだん眠くなってきた。明日も早い。さっさと寝てしまおう。


 そういえば……気になることはもうひとつあったな。カラスマさんと彼女の技術のことだ。今日は彼女の工房に人形を預けたが、夜が遅いこともあって気になることについて尋ねることはできなかった。


 カラスマさんはまた明日になったら気になることに答えてくれるそうだ。明日の放課後にまた話を聞きに行こう。明日……ちゃんと授業に集中できるかな。


 翌朝から高校へ行き、その日の学校では無難に過ごした。デイジーやナオトと何かの話をしたはずなのだが、正直何について話したかを覚えていない。頭の中ではずっとカラスマさんと話したいと思っていた。彼女について気になることが多すぎるのだ。


 放課後、デイジーに道場で稽古をつけてくれと言われたが断った。夜になったら六十六番ガレージで稽古をする約束をした。今は先にやることがある。


 家に戻り、自室でヘッドセットを被る。埼玉の自室から琵琶湖の第二基地にあるVRDへ意識を接続した。


『遠隔接続完了。カメラオン。通常モードで起動します』


 瞼が開くような感覚があり、視界に工房の光景が映る。気配のする方へ首を向けると、そこにはカラスマさんが立っていた。宙にいくつもの画面を表示させていて、せわしなく目を動かしている。昨日破損した彼女の手は直っているようだった。


 彼女の目が俺のいる方に止まった。こちらに気付いたようだ。


「……あら、ツルギ君。こっちに接続してたのね」

「今、こっちに接続したところですよ」

「なら、君が気になっていることに答えなくちゃね」


 カラスマさんは宙に表示されていたいくつもの画面を消し、腕を組んだ。


「君の気になっていること、何から答えましょうか」

「そうですね」


 俺は頭の中で彼女に尋ねたいことを整理する。


 一、マリーがカラスマさんを知っていたことについて

 二、カラスマさんとマリナの関係について

 三、サイコアームという超技術について


 順に聞くならこんなところだろう。そう考えて質問を始める。


「Aランク探索者のマリー・ザ・キッドはご存じですか?」

「ええ、知ってるわよ。マリーちゃんね」

「答えられる範囲で良いんですが、カラスマさんと彼女の関係を教えてもらいたいんです。いったい、二人はどこで関わっていたのですか?」

「マリーちゃんが私との関係について、ほのめかしたのかな。良いわよ、答えてあげる」


 そしてカラスマさんは「ブレインズ社って知ってる?」と逆に質問してきた。俺は頷いて応える。


「名前くらいなら、知ってます。マリーも関りのある会社ですよね」

「ええ、そう。私は昔、そこで研究主任をやっていた。サイコアームについて研究をしていたんだけど、オカルトに傾倒してると思ってクビを切られちゃった。前の社長は研究の意義を分かってくれていたんだけどね、新しい社長には分かってもらえなかったわ」

「な、なるほど」


 オカルトか……まあサイコアームの力は超能力のようにしか見えないからな。オカルトと思われてもおかしくないかもしれない。


「で、マリーちゃんね。あの子は今の社長の娘よ。ちょっと強引なところはあるけど、悪い子ではないわ」

「そうでしたか」


 社長令嬢というわけか。なら、その妹というマリナも。


「マリナも、社長の娘というわけですか?」

「ああ、マリーちゃんとマリナちゃんの関係も知ってたのね。そうよ。二人は姉妹なのよ」

「じゃあ、カラスマさんとマリナはどういう関係なんですか?」

「あの子は、私の研究に興味を持ってくれてね。しょっちゅう研究室に遊びに来てくれてたわ。もしかすると、怪しげな研究をする女を可愛い娘に近づけたくなかったのかもしれないわね。あの子たちの父親は」

「ふむ……」


 もし、自分の子どもが超能力の研究をする怪しげな人物と仲良くしていたら……想像をしてみるが、うまくイメージがつかめない。俺には子どもがいないからだ。そこで、もし友人のナオトが超能力の研究者と仲良くなったらどうだろう……と考えてみる。胡散臭く感じても面白い話だと思うだろうなと考えてしまった。


「あまり、娘を近づけない理由にはならないんじゃないでしょうか?」

「そう思うのはツルギ君が私の研究結果を有意義に感じてくれるからよ。なら、こう考えてみて。会社の研究費を使って、幸運の壺とか、家に置くだけで運気が上がるというような怪しいグッズを開発してる女と娘が仲良くしてる。それは良い気しないでしょう」

「それは……そうですね」

「もちろん、私は家に置くだけで運気の上がるグッズなんて研究しないけどね」

「例えでしょ。分かってますよ」


 もし、ナオトが怪しげな壺を売るような人物と仲良くしていたら、俺もちょっと考えるかもしれない。そう思うと、マリナの父が、彼女とカラスマさんを引き離したのも理解はできる気がした。


「マリーやマリナとカラスマさんの関係は分かりました。でもまだ気になることはあるんです。教えてください」

「答えられることなら、答えるわ」


 カラスマさんは頷いた。なら、質問させてもらおう。


「カラスマさんが研究しているサイコアームというものは、そもそもどういう技術なんですか? 俺には超能力としか思えないんです」

「ええ、そうね」


 彼女は俺の問いを肯定するようにこう言った。


「それは超能力を再現しようとしたもの。というよりは、モンスターの能力を再現しようとしたものよ」

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