第24話 マザービートルを斬る

「これはひどい」


 第二層の木々を埋め尽くしそうな程の甲虫の群れを見て、俺はそう呟いた。とにかく、こいつらも斬って進むしかない。


 二メートルを超える甲虫たちは俺を目指して進んでくる――いや、違うか。俺の背後にあるゲート、さらにその先を目指しているのだ。


「かかってこい。いくらでも斬ってやる」


 手近な甲虫から斬っていく。しかし、このまま何も考えずに行動するのはよくない。


「補助システム。この甲虫たちの情報をくれ」

『了解。データ参照。ソルジャービートルです』


 すぐに補助システムからのデータが視界に表示される。情報を見るにマザービートルという超大型の甲虫型モンスターから生み出されるモンスターなのだという。彼らは自らを生んだマザービートルを守るソルジャーだという。


「なるほど」


 表示された情報を読みながら近づく甲虫を斬り続ける。ザコを殲滅するより先に、母体となるモンスターをなんとかしたほうが良さそうだ。


「補助システム。マザービートルの居場所を特定できるか?」

『了解。広範囲スキャン実行します』


 VRDを大改造した結果、色々な機能が強化されている。その一つである広範囲スキャンは文字通りこれまでよりも広範囲のスキャンを可能にする。これで目的のモンスターを見つけることができると良いが。


『スキャン完了。マザービートルを発見しました。第二層のマップデータを対象の座標と共に表示します』


 補助システムがマザービートルの現在地を表示した。ここから西、そう遠くない。森が木々の鬱蒼とした場所で無ければ、ここからでもそのモンスターを見ることができたろう。そのくらいの距離だ。


 目的地は決まった。ならば急いでそちらに向かうぞ。


「補助システム。マザービートルと関連の情報もくれ。移動しながら確認する」

『了解しました』


 視界に新たなデータが表示されているうちにも甲虫たちが次々に迫って来る。


「邪魔だ」


 神滅流舞の型――斬斬舞。


 甲虫たちを斬って斬って斬り進む。木から木へと飛び移り、舞うように、邪魔なものは斬って捨てた。目的地までまっすぐに――障害を排除しながら移動する。


 マザービートルを目にするまで、それほど時間はかからなかった。そのモンスターの体は十メートルはあろうかというほどに大きく、その体面からは次々に黒い灰が噴き出している。灰は虫型のモンスターに変わっていき、周囲には数十センチほどの甲虫が群れを成して飛行していた。さらに、甲虫の姿も多く確認できる。マザービートルが大量の甲虫を生み出していた母体だ。


 俺が到着した時には、すでにモンスターは一人の探索者と戦闘中のようだった。複数の腕を持つ銃使いには見覚えがある。


 探索者は俺に気付いたのか、こちらまで退いてきた。どうやら苦戦をしているようだな。彼女によっていくらか虫の数は減っているのだろうが、マザービートルに決定打を与えるには至っていないようだ。


「あんた……もう復活したのか」


 俺の横に立った人形はカウガールのような姿をしていた。ロボットよりの見た目をしているが体の特徴から女性型だと分かる。


「その声はツルギ。良いところに来ましたわね。あなたに斬られたせいで人形を新調することになりましたのよ」


 Aランク二位の探索者がこんなところになんのようだ? リンドウと同じように緊急で呼び出されたというわけか?


「第二基地がやばいと聞きましてね。第三基地から急いで駆け付けて来たのですよ」


 それで第二基地に向かう途中でマザービートルと遭遇した。というわけらしい。


「この前の謝罪は無しか? マリー」

「私、あなたに斬られたのですけれど」

「先に撃って来たのはそっちだろう」


 こいつ、謝る気は全く無しか。


「ま、謝る代わりにお礼は言っておきますの。良い試合でした。それと、わたくしの妹がいつもお世話になってますわね。ありがとうございます」

「妹?」

「あら、ご存じない? それもそうね。あの子はわたくしや父のことは良く思ってませんからね」

「ちょっと待て――それはどういう――」


 どういうことかと聞こうかと思っていたところでモンスターの攻撃がきた。無数の小型の虫たちが飛んで来たのだ。いつまでも立ち話はさせてくれないか。


 小さな羽虫たちは俺にまとわりつこうとする。体は小さく数は多い。大した攻撃力は無いがまとわりつかれるとVRDの動きが鈍り厄介だ――と補助システムからのデータには書かれている。


 羽虫は一体や二体を潰したところで意味がない。だが小さな敵だ。ここはカラスマさんから貰った装備を試してみるとしよう。


 ぐっと手を握り、上から下へ振り下ろした。


 俺の周囲を飛んでいた羽虫たちが一斉に押し潰される。イメージして攻撃する感覚、掴めてきた。こういう小さな敵には特に有効だ。ある程度大きな敵には通用しないだろうが、念じるだけで押し潰せるのは強力な武器になる。


「あなた――それは!?」


 マリーが甲虫たちの相手をしながらも、こちらを見て驚いているようだった。


「その技術――そうなのですね。あなた、カラスマから相当に信頼されているということですか。まあ、あの子が懐いているとなればカラスマも、あなたに心を開くでしょうね」


 彼女はなにか事情を知っていて、一人で納得しているようだが、こっちには話が全く分からない。


「妹とか、あの子とか、なんなんだよ。まるで意味が分からんぞ」

「それはこのモンスターたちを倒した後でカラスマにでも聞きなさい。彼女なら答えてくれるでしょう。わたくしはそういうの面倒なので」

「……了解、ならさっさと終わらせるぞ」

「さっさとって……わたくしはさっさと終わらせられないから苦労していたわけで」

「俺ならさっさと終わらせられる」


 先程と同じように腕を上げ、思い切って振り下ろした。


 マザービートルの周囲を守るように飛行していた羽虫たちがまとめて押し潰される。


「邪魔な守りはつぶしたぞ」

「ツルギ! 敵が迫ってます!」

「分かってる」


 隣の木から飛びかかってきた甲虫は回避する。跳躍してマザービートルへ接近。そして。


 マザービートルの頭部から超高速の触手が飛び出してきた。だが――その攻撃は見えているぞ。


 カキンッ!


 触手を刀で弾いた。超高速の一撃は当たればただでは済まなかっただろう。しかし強力な攻撃も当たらなければどうということはない。


 神滅流面の型――紅滝。


 ズバアッ!


 超巨大な甲虫の頭部を縦に一刀両断した。

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