第9話 ゴーレムを斬る

「やあ、いきなりで悪いんだけどボクの体を近くの基地まで運んでくれないかい?」


 そう気さくに話しかけてきたのは緑髪のショートヘアが特徴的な美少女。手には拳銃を持っているが、指は引き金から離されている。彼女には上半身しかなかった。


:美少女! だけど……

:うわあ下半身持ってかれてるやん

:この辺のモンスターにやられたか

:痛々しい

:ツルギ師匠。彼女を近くの基地まで運んであげて


 物言わぬ人形が相手なら無視するが、こう直接頼まれてはな。


「良いだろう。君を運ぶ。隣の子が」


 マリナを指さすと彼女は驚いたように目を丸くした。


「私がですか!?」

「この近くには彼女を倒したモンスターが居るかもしれない。なら、戦闘力の高い俺より君が彼女を運ぶべきだろう」

「確かに……合理的な判断ですね」


 彼女は頷き、緑髪の少女を軽々と抱きかかえた。大した力だ。マリナの腕の中で少女は俺へ首を向ける。


「ありがとう。ボクの名前はヨツバ。このお礼は必ずするからね」

「気にしなくていい。困った時はお互い様だ。ヨツバさん」

「ヨツバで良いよ」


 彼女は柔らかく微笑んだ。ヨツバで良いというなら、そう呼ばせてもらおう。


「気をつけて。この辺りのモンスターは強かったよ。ボクの半身を破壊するくらいに。なんとか這って逃げたけど、モンスターが追って来てたら残りの半身も壊されてたと思う」

「それはどんなモンスターなんだ?」


 訊くと彼女は「そうだね」と言って説明してくれる。


「この辺にはゴーレムってモンスターが出るんだ。2メートルくらいの大きさで、岩が人の形をしているような奴だよ。体が岩でできてるから凄く硬いんだ。ボクが銃を当ててもびくともしなかった。それと――」

「それってあんな感じの奴?」


 俺が指を指した先には彼女が説明してくれた特徴そのままのモンスターが居た。いかにも硬そうな岩男だ。というか、そのモンスターはこっちに向かってきている。


「ひええ!? ゴーレム来てる!?」


 驚きながらもヨツバを離さない辺りマリナはしっかりしているな。ヨツバのことは彼女に任せておこう。


 ヨツバが俺を見て焦ったように言う。


「ゴーレムは強い相手だ。逃げたほうが良い!」


 彼女は焦っているが……まあ、やってみるか。ちょっと戦って無理そうなら、その時に逃げればいいしな。


 刀を抜いた俺に、ヨツバは「刀じゃだめだ!」と叫ぶ。


「銃弾が利かなかったのに、切れ味特化の武器なんて岩を相手に利くわけがないよ!」

「君はちょっと見ていてくれ。マリナは一応逃げる準備を。走れるか?」

「人形一体抱えたくらいなら余裕で走れます。相手がバジリスクとかじゃなければ逃げ切ってみせますよ」

「それは頼もしい」


 コメント欄でも俺に逃げるよう警告する者が何名か居るようだが、今は無視する。俺の見立てでは、あれくらいの岩を斬るのは難しいことではない。のんびりと歩きながら敵に近づいて行く。


 ゴーレムが動いた。無言のパンチは想像していたよりは速い。だが、対応は余裕だ。


 神滅流抜刀の型――紅。


 ズバッ!


 俺に殴りかかってきたゴーレムの腕は容易く切断された。思ってた通りだ。


「岩を斬った!?」

「流石は師匠です!」


 後方でヨツバが驚き、マリナはなぜか得意気だ。コメント欄も高速で動いている。


:岩って斬れるの!? なんで岩を当然のように斬ってるんだよ!

:使ってるの刀だよな?

:でもツルギ師匠なら斬ると思ってたよ

:バジリスク斬ってるしゴーレムくらい斬れるやろ

:相手は岩だぞ!? 武器との相性ってものがあるだろ!?


 ゴーレムは何が起こったのか分からない、といった様子で先の無くなった腕を見つめている。


「岩を!? なんで!?」


 後ろの方でヨツバも驚くばかりだ。ここは何が起こったのかを理論的に説明してやらねばなるまい。


「斬れると思うから斬れるのだ。最初から斬れないと思っていては斬れるものも斬れない」

「そんなクマバチは飛べると思ってるから飛べる、みたいな!?」

「あれって最近科学的に解明されたらしいぞ」

「ツルギが岩を斬れるのは科学的に解明できないよね!?」


 ヨツバと漫才めいた会話をしているうちに地面の下から近づいてくる気配を感じた。


 いきなり地面を割って出てきたゴーレムの攻撃は跳躍して回避した。なるほど、この辺りにあった穴はゴーレムたちが作っていたのか。


「ボクを奇襲してきた時と同じ攻撃! こいつら穴を掘って奇襲してくるんだ!」


 着地した俺の前にはゴーレムが二体。もう地面の下には気配を感じない。


「そういう情報は先に知りたかったが」

「さっき言おうと思ったんだ。でも急にゴーレムが来たから」

「ああ、そうか。ま、何体出てこようが敵じゃない。所詮は岩の塊だ」


 会話をしているうちに二体のゴーレムが同時に殴りかかってきた。連携して攻撃するとは賢いな。だが、問題ない。


「神滅流胴の型――紅走」


 前に踏み込み、横に大振りの一撃。それは二体のゴーレムを同時に切断する。


 ズバッ!


 上下に切断されたモンスターたちは黒い灰に変わった。灰が風に飛ばされ、後には二つのクリスタルが残される。


:ワザマエ!

:ゴーレムって第一層ではかなりの強敵なんだが

:それなりの実力者でもゴーレム相手は回避しながら進むのが普通だってのに

:この男はどこまで強いんだ!

:第三層のモンスターが倒せる時点でゴーレムなど敵ではなかったな


 コメントが高速で流れていく。そんな中『ピコン!』と音が鳴った。


:¥10000 ヨツバさんの修理に使ってください

:スパチャキター

:お、なら俺も寄付するぞ

:修理費ならおじさんに任せろーバリバリ!

:ヨツバさんのためならお兄さんも頑張っちゃうぞ。お金が余ったら美味いもんでも食え


 そうしてどんどんスパチャなるものが来て『ピコン!』『ピコン!』『ピコン!』と音が鳴り続ける。


「マリナ。今どんどん来てるスパチャって何なんだ?」

「投げ銭ですよ師匠。皆がお金を投げてくれてるんです」

「まじか」


 こうも沢山の人が、今日初めて見るであろうヨツバのためにお金を出してくれている。それは彼女が美少女だからか……いや、彼らの親切心を素直に受け取ろう。


「分かった。貰ったお金はヨツバの修理のために使わせてもらう」


 俺がそう言うと再びヨツバは慌てだした。


「そんな! 運んでもらえるだけでも助かるのに、修理費まで出してもらっちゃ悪いよ!」

「ここは素直に親切を受け取ってくれ。困った時はお互い様だ。いつか俺が困ってたら、その場に居たら助けてくれ」


 ヨツバは悩んでいる様子だったが。


「……うん。ありがとう」


 やがて頷いて、そう言ってくれた。

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