第7話 神滅流剣術VSブリテンニンジャ

 夕日が差し込む殺風景な道場。そこで俺とデイジーは向かい合っていた。お互いの手には竹刀が握られている。


 距離をとった位置から、デイジーがじっと俺を見ながら言う。


「お互いに得物は竹刀のみ。相手に一撃を入れれば勝ち。それ以外はナンデモアリ。そういうルールで構いませんネ?」

「それで良いが……別に煙玉やまきびしを使ったって構わないぞ」


 冗談のつもりで言ったのだが、彼女は真面目な顔をして首を振った。


「煙玉やまきびしもアリマスガ……使いまセン。今回はフェアに行きまショウ」

「フェアに……ね。良いだろう」


 彼女が望むならフェアに戦おう。とはいえ、相手は何でもありと言った。奇策の一つや二つは警戒するべきだろう。


 俺たちは互いに竹刀を中段で構える。


「では始めまショウ」

「ああ、どこからでも来い」

「イザ! マイル!」


 彼女は一気に距離を詰めてきた。恐ろしく速い踏み込み。だが見えている。


 胴狙いに横なぎの一閃が迫る。それを竹刀で受け止めた。次の瞬間、デイジーの上半身がガクンと下がる。彼女は前傾姿勢をとると同時に長い足を高く上げ、蠍の尾のような鋭い蹴りが襲い掛かってきた。


 胴への攻撃を防御させておいて、本命は上段への蹴りなのか。奇怪な動きだが、やっかいだ。


 俺は受け止めていた竹刀を弾き、デイジーの蹴りは最小限の動きで回避する。


「まだまだ行きマス!」


 デイジーの攻撃は止まらない。彼女は逆立ちのような体勢になって回し蹴りを繰り出してきた。カポエイラかよ!? しかし、その攻撃も見えている。最小限の動きで回避だ。


「足元注意デス!」


 彼女の竹刀が俺の脚を狙ってきた。だが、そんな見え見えの攻撃にやられる俺ではない。跳躍して竹刀を回避、そのまま上段から彼女の脚へ一撃を振り下ろす。


 俺の一撃に対し、彼女の反応は早かった。彼女の蹴りが俺の竹刀を弾く。蹴りの威力を利用し、俺は竹刀を強く握って後方へ跳び離れる。


 こちらの着地とほぼ同時、彼女も体勢を立て直した。立ち直った彼女は中段に構えて俺の攻撃を迎えうつつもりのようだ。


「ツルギさん見せてくだサイ。バジリスクを倒した時の踏み込みヲ!」


 彼女が言っているのは瞬歩のことだろう。それがお望みなら見せてやる。


「良いだろう。次の一撃で決着をつけてやる」


 俺は竹刀を上段に構えた。彼女は俺をじっと見ている。そして。


 次の瞬間、俺は彼女との距離を詰めた。瞬歩の動きから、一撃を叩き込みに行く。彼女は素早く上段に防御をしようとしていた。


 デイジーという女の子はかなり良い目を持っている。俺が動き出す瞬間に彼女は反応をしていた。だが、そこまでだ。


「え……ドウシテ……?」


 彼女は攻撃の来なかった上段と、実際に攻撃の飛んで来た中段を交互に見比べていた。何が起こったのか理解できていなかった様子だ。


「ナンデ? 上段から攻撃か来ることは見えていたはずナノニ?」

「フェイントだ」

「フェイント……デスカ?」


 不思議そうな顔をしている彼女に俺は頷く。そして、彼女の胴体には竹刀の一撃が入っていた。


「瞬歩で突進する瞬間に構えを上段から中段に変えたんだ。そうして君に攻撃の来る場所を誤認させた。種明かしするとそんな感じだ」

「す、凄いデス! 全く分からなかった!」


 彼女は興奮した様子で鼻息を荒くしていた。ずいっと俺に迫って来る。


「ツルギさん……ぜひとも私に神滅流剣術を教えてクダサイ!」

「もちろん構わない。ぜひ神滅流剣術を学んでくれ」

「やったー!」


 デイジーは万歳をしながらぴょんと跳ねた。その大きな胸も上下に揺れた。


「デハ本日はアリガトウゴザイマシタ」

「ああ、良い試合だった。ありがとうございました」


 ぺこりとお辞儀する彼女に俺もお辞儀で応える。そして握手を交わした。


 翌日もデイジーは俺の道場にやってきた。彼女には道場で剣術を教えていく。


「師匠、ドージョーに来ているのは私だけなんデスカ?」


 神滅流剣術の型を反復練習しながら、デイジーは俺に訊いてきた。その問いに頷いて答える。


「今のところ道場に来てくれているのはデイジーさんだけだ」

「オウ! 私とツルギさんだけのドージョーネ!」


 鍛錬をしながら彼女は楽しそうに言った。


「マリナにもちゃんと修行をさせてやらないといけない。鍛錬のための場所も、そのうちどうにかしたいところだ」

「ホウ……マリナ?」

「俺のもう一人の弟子だ」

「いえ、ソウデナクテ。マリナと呼んでいるデスカ?」


 ああそうか。彼女も配信を見ていたならマリナの存在は知っているか。俺は頷いた。するとデイジーはムスッとして言う。


「羨ましいデス。私も名前だけで呼んで欲しいネ」

「君が望むなら名前だけで呼ぶが」


 その言葉を聞いた彼女は、あっと言う間に嬉しそうな顔になった。


「ナラぜひともデイジーと呼んで欲しいデス。私もツルギさんではなくツルギと呼びたいデス。良いデスカ?」

「それで良いよ。デイジー」

「ワァ! デイジーって呼んで貰えマシタ!」


 彼女は嬉しさを全身の動きで表していた。若干オーバーリアクションにも見える。


「デイジー。今は練習中だ」

「オウ、ソウデシタ」


 その日は時間が許す限りデイジーに神滅流剣術を教えた。実際に道場で弟子に剣術を教えるのは、とても充実した時間だった。


 そして日曜日。部屋のベッドでヘッドセットを被り、意識を琵琶湖の人形へ接続する。


 格納庫から八番ロビーへ出ると、そこには長い黒髪に青いメッシュを入れた少女の姿があった。


「待ってましたよ。ツルギ師匠」


 彼女とは八番ロビーで待ち合わせをしていた。この前、別れる時に俺とマリナで連絡先を交換していたのだ。


「待たせたな。早速だが、さっき連絡した通り、他にも待ち合わせしている奴が居るんだ」

「えっと、同じクラスの友達でしたっけ。師匠の二番弟子になった人だとか」

「ああ、今は第二層の前に居るらしくて、そこで俺たちを待っているって話だ」

「師匠の友達……いったいどんな方でしょうか」


 デイジーがどんな奴か……そうだな。


「……イギリス人で」

「外国の方なんですね」

「……顔が整っていて」

「おーイケメンイギリス人!」

「……忍者」

「ニンジャ?」


 マリナは不思議そうに首をかしげている。彼女、途中気になるようなことを言っていた気がするが、考え事をしていてちゃんと聞き取れてなかった。まあ、あまり気にすることではないだろう。


「そっかー。でもきっとかっこいい人なんですね!」

「んー。まあ、かっこいいと思うやつも居るだろうな」


 だって忍者だし。


「あ、でも私はツルギ師匠一筋なんで!」

「……ありがとう?」


 彼女との会話に妙なすれ違いを感じる気もするが、とりあえず今日はダンジョンの先で待つデイジーに会いに行こう。

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