第6話 美少女忍者現る!
俺は人形の遠隔接続を切り、意識を埼玉の自宅へ戻した。
マリナには基礎的な構えをいくつか教えておいた。次の日曜日まではこれを何度も反復して練習してもらう。今後どうするかは、日曜日に彼女を見てから判断しよう。
そういうわけで次の日曜を楽しみにしつつ、家の道場に降りて今日も鍛錬を積むのだった。道場には俺一人、配信でバズった後、こちらに戻って来ると寂しく感じた。
金曜日、俺たちのクラスはざわついていた。
なんとサラサラロング金髪美少女が転校してきたのだ。胸が大きく男子生徒の半数以上はそちらに視線が誘導されているものだと思われる。だが、彼女は緑色の瞳がとくに綺麗で魅力的なのだ。
突然の転校生に周りの男子も女子も落ち着かない様子だ。先生に紹介された後、金髪の美少女はぺこりと頭を下げてから自己紹介を始めた。
「ハジメマシテ! イギリスからやってきたデイジー・ヴェールデス! 私、この国に神滅流剣術を学ぶためにやってきました! 好きなものは侍とニンジャ! そんな私をよろしくお願いしマース!」
え、今彼女なんて言った?
俺は勢い良く席を立ち、戸惑うクラスメイト達のことも気にせず彼女へ訊く。
「神滅流剣術をご存じなのか!?」
「ご存じデース! いま日本で最もクールネ!」
まさか配信が海外の人にまで見てもらえていたなんて、感動だなあ。なんて思っていると彼女の緑色の瞳がこちらをじっと見ていた。
「アナタひょっとしてツルギさん?」
俺が頷くと彼女は目を輝かせてぴょんと跳ねた。
「オー生ツルギさんネ! 私あなたに会うためにはるばる日本にやってキマシタ!」
再びクラスメイト達がざわつく。彼らの驚きと戸惑いの混じった声が伝わって来る。
「え、どういうこと?」
「配信者のツルギってあのツルギなの!?」
「バジリスクを瞬殺した……!」
「近接のやべー奴だったか……」
「それじゃ俺勝てねーじゃん。戦闘力的に」
彼らがざわついている中、担任が「お前ら落ち着け。俺も動揺してるが落ち着け」などと言っていた。
その日、デイジーはクラスメイトに囲まれて色々質問攻めにあっていた。昼休みの今もそうだ。そして、俺の元に来ているのはナオトだけだった。
「なぜ、俺の方には人が集まらない。さっきのクラスメイトの反応からして、クラスの奴にも俺と神滅流剣術の凄さは伝わっているはずだろう」
「あきらめろツルギ。やべー男より謎の金髪美少女のほうが人の注目は集まるんだ。それが世の摂理なんだ」
「うむむ、解せぬ」
「何がうむむだ。そもそもツルギ。お前の配信のアーカイブはもう百万回再生されてるが、そこでお前が何と呼ばれてるか分かってるのか?」
心配するように聞いてくるナオトだが……なぜ心配しているんだ?
「俺の神滅流が広まってるんだぞ。何も心配することはないと思うが」
「いや、お前配信コメントでバグみたいな存在とか、やべー奴の中の一番やべー奴だとか言われてるからな? デイジーさんがお前を見つけ出したように、リアルのお前に接触してくる奴も出て来るんだぜ? わざわざやべー奴に会いに来る人間がよ」
「? 良いことじゃないか。それだけ神滅流が広がってるんだから」
ナオトはため息をついて首を振った。そして警告するように声をひそめて言う。
「世の中、俺みたいな優しい人間だけとは限らない。わざわざやべー奴のことを調べて会いに来るような奴は……そいつが善人であれ悪人であれやべー奴だ」
「……まあ、お前の言ったことは覚えておくよ」
「気をつけろよ。ツルギ」
そこまで話していたところで次の授業への予鈴が鳴った。
いきなりの転校生というイベントはあったものの、何事もなく授業は進み、やがて下校の時間となった。俺は部活には入っていないのでこのまま帰宅する……とはならない。
「ツルギさん! 一緒に帰りまショウ!」
「デイジーさん。君は神滅流に興味があるんだったな。なら道場を見ていくか?」
「オウ! ドウジョウ! ファンタスティック!」
彼女は目を輝かせ「ぜひ行きまショウ!」と俺を急かした。そんな俺たちのやり取りを何人かの男子が羨ましそうに眺めていた。だが、彼らが何かを言ってくることは無い。羨ましそうに眺めているだけだ。
埼玉の町を歩きながら俺はデイジーから侍について色々と聞かれた。剣術ができるからといって侍に詳しいわけではないのだが。頑張って知りうる限りの知識で頑張る。
俺の話をデイジーは楽しそうに効いていた。ある程度俺が話したところで、彼女はふとこう言った。
「侍と忍者は戦ったらどっちが強いデスかね?」
それはあまりに子どもめいた問いで、思わず表情が緩みそうになった。
俺はその時、彼女の奇妙な点に気付いた。子どもめいた問いを発した彼女の声はあまりにも真剣なものだったからだ。
信号を待つために立ち止まる。彼女は俺の方を向いて言った。
「ツルギさんはアーサー王の物語をご存じデ?」
「ああ、なんとなく知ってるよ」
アーサー王といえばイギリスの有名な王様だ。彼と騎士たちの物語を知る物は多いと思う。実際にその話を本で読んだりしたわけでもない俺でも、なんとなく内容を知っているくらいなのだから。
「アーサー王には彼を支える魔術師が居たと言われていマス」
「魔術師マーリンだったか?」
「ハイ」
彼女は頷く。同時に信号が青に変わった。彼女は横断歩道を渡り始め、俺も一緒に歩く。彼女は前を見ながら言う。
「魔術師マーリン。ですが彼の正体は魔術師ではなかったのデス」
「じゃあ彼は何者だったんだ?」
「ニンジャデスよ」
「ニンジャ?」
それはあまりに馬鹿馬鹿しい話に思えたが、彼女の声があまりにも真剣だったから、俺は反論することができなかった。
「ニンジャマーリン。その末裔が私、デイジー・ヴェールデス。ツルギさん……私の本当の目的はアナタと手合わせすることデス」
「そうか」
「ブリテンのニンジャと日本の侍。どちらが強いかハッキリさせませんか?」
「俺は侍というわけではないんだけどな……」
だが、彼女からの本気の気持ちは伝わって来る。彼女が手合わせをしたいというのなら俺もその気持ちに応えよう。
「神滅流は最強だ。君にそれを証明してみせよう」
「ええ、ヨロシクオネガイシマス!」
そうして俺たちは足を止める。俺たちは神滅流道場の前に立っていた。
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