第3話 バジリスクを斬る

 リフト乗り場の方向へ駆け戻る人形たちとは逆方向に、すり抜けるようにして進む。


 人波を避けて走りながら同時にバジリスクのデータを確認していく。第三層の魔獣で皮膚は固く、睨んだ相手を動けなくする能力を持つ。その巨大な体躯と合わせて考えて、厄介そうに見える。実際に戦うとどうだろうか。


 人波を抜けた。俺とバジリスクとの間には少女が一人。長い黒髪には青いメッシュが入り、整った顔はまさに美少女。いや、ダンジョンに居るということは人形のはずだ。


「助けてええええええええ!」


 彼女は走りながら涙目で俺に訴えていた。とても人間らしい人形だな。なんて考えていた時、彼女がこけた。


 立ち上がろうとする彼女をバジリスクが睨んだ。すると彼女は涙目で口を開いたまま動かなくなった。あれがバジリスクの睨み。相手を動けなくする能力か。


 長期戦は不利。すぐに判断し、決断した。


 瞬歩を使う――特殊な脚運びで一気に加速。少女の脇を通り抜け、バジリスクの足元に潜り込んだ。人形の脚から火花が散る。クソッ俺の肉体なら問題ないのに、人形は瞬歩を使っただけでダメージを負うか。


:は?

:え

:一瞬で移動した?


『警告。脚部にダメージを受けています』


 コメント欄から戸惑いが伝わって来る。補助システムは脚部のダメージを警告していた。だが、今はそれを気にしている時ではない。俺はやるべきことをする。


「神滅流抜刀の型――紅」


 ズバッ!


 バジリスクの脚から鮮血がほとばしる。バランスを崩し痛みに倒れ込む巨体に押し潰されぬように回避する。そして、頭部を下ろした敵の眼へとどめの一撃を入れる!


「神滅流突きの型――紅針」


 ドスッ!


 俺の刀が敵の眼に深々と突き刺さる。バジリスクは全身をビクンッと痙攣させて動かなくなった。


 ……思っていたより、ずっと弱かったな。


 バジリスクの体が黒色の灰に変わっていく。そして灰の中に金色の結晶が落ちた。それはゴブリンが落とした物より大きく、輝きの強いクリスタルだ。


:うおおおおおおお! すげえええええええ!

:まさかバジリスクを倒しちゃうなんて! かっこいいです!

:やるじゃない!

:刀でバジリスク倒してて草

:ほんとにすげえなあんた


 いつの間にか来場者数が四桁を越え、今も増え続けている。すぐに五桁、もしかしたらそれ以上にもなるかもしれない。それくらい数字の動きに勢いがあった。


 コメント欄も目まぐるしく動いているし、バジリスクを倒した効果は絶大だな。しかしあれ、大したモンスターではなかったように思えるが、ここまで一気に人が増えるものだろうか。まあ、そういうものなのだろう。見た目は強そうだったから、それを倒したのが人によっては凄く見えるとか……そんな感じだろう。


 さて……俺は振り返り、背後の少女を見た。彼女の背後にも撮影用ドローンが飛行している辺り配信者なのだろうな。まあ、ダンジョンでの配信は様々な調査のために管理局や数々の企業が推奨しているのだが。


 彼女は立ち上がろうとする姿勢のまま動けないでいる。俺は彼女の前に回り、その姿を観察した。結構面白い顔になっているな。そんなことを考えていると落ち着きかけていたコメント欄が再び高速で動き出した。


:うおおおおおおお! マリナちゃあああああああん!

:マリナちゃんが助かって良かった!

:見知らぬ刀の人! ありがとう! 本当にありがとう!

:刀の人ばんじゃああああああああい!

:一時はダメかと思ったよ。刀の人様様だな!


「俺の名前はツルギだ。刀の人じゃない」


 いや、それより気になることがある。コメントでよく出てくるマリナという名前。彼女はひょっとして。


「なあ、コメントの人たち。彼女はひょっとして有名人なのか?」


 尋ねるとコメント欄からはある種想像通りの答えが返ってきた。


:彼女のこと知らないで助けたのかよ

:マリナちゃんを知らないとは、さてはもぐりだなおめー

:ご存じないのですか!?

:大人気の近接縛りプレイヤーマリナちゃんをご存じないですと!?

:フォロワー百万人の大人気配信者よ! 歌って踊れて可愛いのです! 推して!


 なるほど。有名人だということは分かった、俺は偶然にもその有名美少女配信者を助けてしまったというわけだ。


 彼女の身体がピクリと動いた。そして数秒ギチギチと動いた後、彼女は勢いよく立ち上がった。


「助けてくれてありがとうございます! 黒潮マリナです!」


 今度はゆっくりとした動きで頭を下げる彼女。よく見るとその腰には刀を指しているようだった。


「無事でよかったが、君は刀を使うのかい?」

「え、はい!」


 顔を上げると同時に彼女は元気よく答えた。それにしても良い声だな。可愛らしくて、はきはきしている。多くの人が彼女に好印象を覚えるだろう。そんな彼女に、俺は手を差し出して言った。


「良ければ神滅流剣術を学ばないか! 俺は門下生をいつでも募集している!」


:いきなり勧誘してて草

:いやー断るだろ

:近接戦闘とか正気の沙汰じゃない

:勧誘相手は近接縛りのマリナちゃんだぜ

:銃のほうが強いのに、彼らはなぜ近接を選ぶのだろう


 コメント欄がざわつく中、マリナは元気よく答えた。


「はい! よろしくお願いします!」


 それは気持ちの良いくらいの返事だった。


「私、強くなりたいんです! そのためなら、これはチャンスだと思いました!」


:えぇ! マリナちゃん弟子入りしちゃうの!?

:まあ彼女も近接専だし

:狂人と狂人は惹かれあうのか

:近接専のことを狂人と言うな

:ツルギさんマリナちゃんをよろしくお願いします


 コメントの反応は様々だ。ただ、近接戦闘を選ぶ人間は狂人と呼ばれるのか。ううむ、俺からすれば下手な鉄砲より刀の方がよほど強いと思うのだが。


「師匠、質問です! どのくらい強くなればあのバジリスクを刀で倒せますか!」

「ん、あのバジリスクか。そうだな」


 俺の見立てだと……そうだな。


「神滅流の基礎を一通り習得すれば勝つことができるだろうな。さっきも、ほとんど基礎の技しか使ってないしな」

「おお! では早速それを教えてください」

「と、いきたいところなんだがな」


 脚がさっきからガクガクして火花を吹いている。瞬歩を使っただけなのだが、俺の人形の脚では耐えられなかったようだ。


「脚を治したい。一旦、上に戻りたいんだ」


 脚部の修理には、ここまでで手に入れたクリスタルがあれば足りるだろうか?


 結晶を売り、そのお金で脚部を修理……できれば良いが、バジリスクが考えていたより弱かったので、そのクリスタルも大したことないのではないかと思えて不安だ。


「師匠、なら私、良い工房を知っていますよ」


 マリナからの思いがけない提案だ。


「マリナちゃん。それは本当かい?」

「マリナ。で良いですよ。ツルギ師匠、それでは行きましょう」


 俺たちはダンジョンの第一層から地上へ戻る。俺の初めての第一層探索はこうして終わった。

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