第4話 カラスマ工房
八番ロビーへ戻ってきた。さっきまでと違い、今は周囲からの視線を感じる。マリナを助けたからだろうか……それとも、俺が注目されているのか。視線を感じるが話しかけられることはない。
横を歩くマリナが楽しそうに話しかけてきた。
「ツルギ師匠、皆に注目されてますね」
「どうかな。君が注目されてるんじゃないか? 可愛いから」
「そうかもしれませんね。私可愛いから」
マリナは嬉しそうに笑った。これから彼女の案内で人形の脚部を修理してもらいに行く。脚から出る火花は治まったのだが、今度は何か反応が鈍くなっているような気がしてならない。
瞬歩を使っただけでこれだと、先が思いやられるな。
「俺たちが向かってる目的地はどこにあるんだ?」
「この建物の二階にカラスマ工房っていうところがあって、そこを目指してます」
カラスマ工房か。腕の良い職人だと良いが、いや……それより。
「修理費、足りるかな」
俺の呟きにマリナはわざとらしいくらいに驚いた顔をした。どうしたんだ?
「師匠、あなたバジリスクを倒したんですよ。脚部の修理費くらい足りますよ。おつりが返ってきますって!」
「そうなのか。あんまり強いモンスターじゃなかったから、修理費に足りるか不安なんだ」
「いやいや、あれをソロで倒せるのって凄いことですからね!?」
「その辺の感覚がまだ分からないんだよな」
するとマリナは呆れ顔になって言った。
「師匠には常識を教える人が必要ですね」
「いや、こっちの常識とか知らんし」
琵琶湖ダンジョンは今や人形たちの国だ。それを操る人形使いたちの国だ。こっちには、こっちのルールがあって常識がある。それは理解できるが。
「俺はこっちのことに詳しくないし、君が色々教えてくれると助かる」
そう言うとマリナは照れたように頬を掻く。
「師匠は私に剣を教える代わりに、私は師匠にこっちの常識を教えるって訳ですね。了解です。任されました」
色々と当たり障りのない話をしながら一階のエレベーターに乗り込み二階へ移動した。
この巨大建築の二階から上には多くの多くの店舗が詰め込まれているようだ。マリナの話では一番から十二番までに分かれたロビーは二階から繋がって行き来できるようになっているらしい。他のロビーに行くこと、あるかな?
エレベーターから少し歩いたところに目的のカラスマ工房はあった。ネオンの輝く看板には【支払いはクリスタルでも可! カラスマ工房】と書かれている。
なんというか、この辺りの店舗全てに言えることなのだが、ものが雑多に置かれているように感じる。賑やかな感じもするが、少しだらしない感じもした。大丈夫かな、ここで。
工房に入りながらマリナが大きな声で言う。
「カラスマ姉さーん。お客さん連れてきたよー」
その声に反応してか、店の奥からドタドタとやって来る足音が聞こえた。工房の中にも様々な機械や器具が置かれていて、ちょっとは整理をしたほうが良いのではないかと思える。そう思っているうちに工房の主と思われる女性が現れた。いや、この場所のことを考えると彼女も人形のはずだ。
彼女の姿を眺める。茶髪に赤いメッシュが入っている。そんな髪を後ろで結び、人形と分からなければ、健康的なお姉さんといった感じで、正直好みだ。
「どうも、綺麗な人形ですね」
「それはどうも。お客さん。褒めてもらったお礼に、ちょっとはサービスしちゃおうかな」
彼女はハスキーボイスで笑い「それで、何が必要なのかな?」と訊いてきた。
「脚を治してほしいんです。ちょっと無理しちゃって」
「無理?」
訊き返してくる彼女に俺は頷く。
「生身の感覚で動いたら人形の方が耐えられなくてダメージを受けちゃったみたいです」
彼女はぽかんと口を空けてマリナを見た。
「まじ?」
そこへマリナが割って入る。
「まじだよ! 凄い動きだったんだから!」
なんとかジェスチャーで俺の動きを再現しようとしているマリナだが、実物の一割すら再現できてないと思う。カラスマさんは口を開けたままだ。
「VRDってそんなにやわな造りじゃないはずなんだけど、あなた凄いのね」
「あなたじゃなくてツルギさんだよ! カラスマ姉さん!」
「ごめんねえ。じゃあ自己紹介しないとね。ツルギ君、私はカラスマ。この小さな工房の主さ」
そう言ってカラスマさんはウインクした。
マリナは俺に耳打ちするようにして言う。
「今はこんなでも何年か前までは大企業の偉い人だったんだって」
「へえ」
そんなに凄い人なのか。おっと、向こうに名乗られて、こちらが名乗らないのは失礼だな。もうマリナから名前を紹介されてはいるが。
「マリナからも紹介された通り、ツルギと言います。ダンジョンでの活動は始めたばかりです」
「そうなんだよ! よろしくしてあげてね!」
するとカラスマさんはなぜかにんまりと笑った。
「あのマリナがそのままマリナって呼ばせてるんだ。へえー」
カラスマさんはなぜか嬉しそうだ。
「どうしたんですか?」
「どうでもー気にしないでー」
尋ねたがはぐらかされてしまった。
「さて、脚の修理だったね。見せてくれる?」
「ええ、それで修理費なんですけど、これで大丈夫ですか?」
ベルトポーチからバジリスクのクリスタルを取り出すと、それを見たカラスマさんは目を丸くした。
「あなた、いったい何を倒して来たのよ?」
「バジリスクです」
「えええええええええ!?」
カラスマさん、めちゃくちゃ驚いている。彼女の驚く顔に対してこっちもびっくりしてしまうくらいだ。
「バジリスクって第三層のモンスターよ!? そこまで潜ったっていうの?」
「違うよカラスマ姉さん。 バジリスクは第一層に現れたの。私やられるかと思ったけど、そこにツルギ師匠が現れて助けてくれたんだよ」
マリナが詳しい事情を説明してくれた。カラスマさんはなんとか事情を呑み込むように頷いた。
「何か……凄い状況だったみたいね。マリナ、その時の映像ある?」
「私もツルギ師匠も配信してたから、動画がしっかり残ってるよ」
「うん、それは後で確認するわ……というわけで」
マリナさんは俺の目を見て白い歯を見せた。
「マリナが世話になった分、頑張って修理するわ。お代は大丈夫。それと……マリナを助けてくれてありがとうね」
それから俺は工房の奥にある手術室のようなスペースに運ばれ、修理はものの数分で終わった。そしてカラスマさんからある提案をされる。
「ツルギ君。君さえよければ、今使ってる脚部を改造してみない?」
改造という言葉に、俺はなんだかわくわくした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます