第2話 初めての第一層
配信を始めてすぐ、ぽつりぽつりとコメントが付き始めた。視界の隅にコメント欄があり、それとは別にドローンに搭載された配信カメラからの映像が邪魔にはならない程度に映っている。
:おう、来たぜ。問題なく配信を始められたようだな
このコメントはナオトだろう。
:こんにちは
:いようニュービー。刀装備とはやべえ奴だなw
「ああ、配信できてるみたいだな。語るより先に俺の剣術を披露したい。今は第一層に入ってすぐの所に居るが、下に降りていけばモンスターと戦えるか?」
:道なりに降りていけばモンスターは出て来るだろうぜ
:横穴の洞窟に入ってもモンスターは出てくるはずです
:お手並み拝見だな
俺の問いに対しすぐにコメントが返ってきた。初めての配信にしては良い反応ではないだろうか。来場者数は今のところ三人――その情報もコメント欄に表示されている。
「分かった。これからダンジョンの第一層を降りていく」
移動を開始する。足元の草を踏む感触が柔らかい。痛みは感じないように設定されていると聞くが、他の感触はかなりリアルだ。今、遠隔で人形を操作しているのだということを忘れそうになる。
歩いている途中、コメントで好きなものだとか、嫌いなものだとか当たり障りないことを訊かれる。
「好きなものは鍛錬、嫌いなものはコーヒーだ」
:お前コーヒー嫌いだもんな
:声はかっこいいのに意外と可愛いですね
:子ども舌だなw
それからも他愛のない会話を交わしながら進んでいく。道なりに降りていく道は人形が多い。これでは一人で戦うところを配信できそうにない。仕方が無いので適当な横穴に潜ってみることにした。
足元の雑草が減り土肌が増えていく。そして太陽が当たらなくなっていく。
当たり前だが横穴の中は暗いな。そう思っていた時、補助システムがメッセージを表示する。
『システム暗視モードに移行します。』
すぐにカメラが暗視モードに切り替わる。緑色の視界にすぐには慣れない。時間が必要だろう。とはいえ、戦闘に支障は無い。
「モンスターを探す」
:がんばれよー
:この辺のモンスターはそれほど強くは無いはずです。でも気を付けて
:ニュービーの三割は第一層で人形を破壊されるんだぜw
コメントを確認しつつ横穴を進んでいくこと数分、遠くに小さな影を確認した。小学生の子どもくらいの大きさ――だいたい百四十センチといったところか。手には何か棒状のものを握っている。人形の暗視モードのおかげでそれは分かった。
「向こうはこちらに気づいていない。あれはモンスターだろうか?」
声をひそめて言うとコメント欄に反応が出る。
:スキャンモードを使うんだ
:補助システムにスキャンモードを使わせれば対象の情報を調べられます
:慎重に行け
なるほど。補助システムにそのモードを使わせれば良いんだな。で、どうすれば良い?
とりあえず、口で言ってみるか。
「補助システム。向こうに見えているものをスキャンしてくれ」
『スキャン開始』
すぐに反応してくれた。スマホの音声入力と同じ要領だな。
『スキャン完了』
考えているうちに結果が出るようだ。
『データ参照。対象はゴブリンです』
視界の中、コメント欄とは逆側にゴブリンの基礎データが表示される。意外と力は強く、あなどると人形を破壊される危険性もあるようだ。とはいえダンジョンの中では最弱レベルのモンスターらしい。
「なるほど。最初の試し切りには良い相手かもしれんな」
それほどの強敵で無いことは分かった。リラックスしてゴブリンに近づいていく。向こうもこちらの存在に気付いたようだ。
ゴブリンは乱暴に腕を振り回しながらこちらへ走って来る。その手には棍棒が握られていて、殴られればそれなりのダメージを覚悟しなければならない。まあ、当たらなければどうということはないのだが。
ゴブリンの攻撃。俺は最小限の動きで回避した。同時に抜刀!
ズバッ!
鞘から抜かれた刀は一撃でゴブリンを両断。上半身と下半身がバッサリ分かれた。
:うお! すげえ!
:かっこいいです!
:お、思ってたよりはやるじゃない
命を失ったゴブリンは黒い灰となり、灰から金色の結晶が落ちた。結晶はほのかに光っている。それはモンスターを殺すことで手に入るもので【クリスタル】と呼ばれている。
クリスタルはダンジョンの発生と共に発見されたエネルギー元で、ダンジョンの地下深くに潜む強力なモンスター程、より高エネルギーのクリスタルを落とす。だから政府や数々の企業が、VRDを使ったダンジョン探索を人々に推奨している。
:クリスタルは忘れず持ち帰るんだぞ。管理局に買い取ってもらえるからな
:どんどんモンスターを狩っていきましょう!
:俺から教えることはもう無い。というかあんた強いんだな。友達に宣伝してくる
「クリスタルはちゃんと持ち帰る。貴重な資金源だからな」
クリスタルをベルトポーチに収納し、横穴の探索を続ける。が、すぐに行き止まりになり、来た道を戻ることになった。
横穴の入り口に近づくと視界が明るくなってくる。
『システム通常モードに移行します』
暗視モードが終わり、再び太陽の下に出た。足元の草地の感触が柔らかい。そんな風に思っていたのだが――すぐ異変に気付いた。
人形たちが焦った様子で来た道を戻っていた。皆が走っている。なんだ、何が起こっているんだ?
:なんだ!?
:なにかやばそうですよ
:おいおい嘘だろ
視点を少し動かして、その理由がすぐに分かった。ここから降りて行った先の草地に巨大なトカゲが居たのだ。五メートルはあるだろうか。まさにモンスターだ。
「補助システム。あのトカゲをスキャンしてくれ」
『スキャン開始』
そしてすぐに結果が出る。
『スキャン完了』
「あれはなんだ?」
『データ参照。対象はバジリスクです』
:バジリスクって言ったら第三層のモンスターだぜ
:ありえない。ずっと下の層に居るはずなのに
:壁でも這って昇って来たか?
バジリスク。第一層よりもずっと下の層に居るモンスターらしい。それが、どういうわけかダンジョンの壁を登ってきたようだ。きっとゴブリンよりも強力で、危険なモンスターだろう。
普通に考えれば逃げるべきだ。今の俺はこの人形を壊されるわけにはいかない。
だが。
「あのバジリスクを倒せば、神滅流剣術の宣伝には申し分なさそうだな」
:おいおいいくらなんでもあれはまずいって。五メートルはあるんだぞ
:逃げて! ゴブリンなんかとは比べ物にならないくらいの強敵です!
:俺なら逃げるぜ! お前もそうしろ!
それらのコメントを無視し、俺はバジリスクに向かって走り出した。
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