第10話

「なんだ!? あれ、なんだ!?」

 十中八九、ここは地獄なんじゃないかって思っていた俺は。

 焦土の先にある陰に、思わず半身を引いてしまった。

 目を凝らしてよく見ると、時代劇に出てきそうな着物を纏った人が何やら歓声を上げている。

 よかった、とりあえず人がいた。

 人がいるんだったら。

 きっとここって、地獄じゃないかもしれない。

 そう思うとなんだかホッとして、こわばっていた肩から力が抜ける感じがした。


「なんかの、撮影かなぁ……」

「サツエイ? ミワ、なんだそれは」


 肩に乗った小さな小さなアマガエルのタミーが、潤んだ目をパチパチさせながら言う。


「撮影って……。タミー知らないのか?」

「うるさいっ! 儂はそもそも田の神だ! 知らんくて当たり前だろ!」

「またまたぁ、神は万能だろ?」

「一年三六五日、田んぼに居る身だぞ!? 万能も限界がある!!」


 確かに。言われてみればそうだ。


 しかし、いざとなると。

 説明するのが、この上なく難しい。

 俺は深く不気味な色をした空を見上げた。


「そうだなぁ。浄瑠璃とか歌舞伎とか。そう言う舞台で見るお話を機械を使って、記憶してたくさんの人に見せたりする……ヤツかな?」

「たくさんの人に見せる? では、何故あんなに人だかりができてるのだ?」

「え?」

「いずれ見られるのであれば、わざわざ今見る必要もなかろう」

「分かってないなぁ、タミーは」

「なっ!? 分かってないとはなんだ!!」

、つまり自分の好きな役者を近くで見たいからだろ?」

「推し……?」

「そう。普段は見られない推しの姿を見られたら、めちゃくちゃ嬉しいだろ?」


 俺の回答に。

 タミーはしばらく右に左に、首を傾げていたが、急に潤んだ目をパッチリと開いた。

 何か閃いたかのように。

 タミーの目がキラキラと光を帯びる。


「つまりはあれだな! 儂が瓊瓊杵命ニニギノミコトに会いたい、というのと同じだな!」

「……んー。ちょっと違うかな?」

「はぁ!? なんだ!? 何がどう違うのだ!!」

「根本的に、何か違うんだよ」

「ミワーッ!! 儂をバカにするなッ!!」

「とりあえず、あの人集りに行ってみようか、タミー。ここがどこだかわかるかもしれない」

「そうだな」


 重かった足が、幾分軽くなった。

 あくまでもそんな感覚がしただけだけど。

 蛙になったタミーと二人しかこの不可解な世界には存在しないと、勝手に思い込んでいただけに。

 人がいるということとか。

 それがなんだか賑やかに見えるということとか。

 たったそれだけなのに、胸に沈んでいた鉛のような不安が少しだけ小さくなったような気がした。


「すみません、何の集まりですか?」


 俺は、集団の後ろで一生懸命背伸びをしている小さな女性に声をかけた。


間ヶ宮まがみや様よ! 間ヶ宮様がいらっしゃってるのよ!」


 女性は俺に目を向けることなく、甲高い上擦った声で答える。

 人だかりの先に僅かに見える光景には、撮影用の機材なんか爪の先ほどにも見えない。

 どうやら、俺が想像していた撮影かなんかではないらしい。

 じゃ、なんなんだ? 間ヶ宮って誰だ?


「間ヶ宮様……ですか?」


 俺の返事があまりにも間抜けだったのだろう、女性は怪訝な顔をして振り返る。

 頭の先からつま先まで、マジマジと俺に視線を投げた女性は。

 怪しさ満点の俺に対し、さらに眉を顰めた。


「あら、あなた。見かけない顔ね」

「え、あ、その。俺、この地に来たばっかりなんで」

「へぇ、そうなの」

「で、間ヶ宮様って、誰なんです?」

「他所から来たらんなら、間ヶ宮様のことなんて分かんないでしょうねぇ」


 俺の薄い反応に。

 女性はふんと荒めに鼻息を吐いて、ここぞとばかりにドヤ顔をする。


「ほらぁ! みやこの方では〝陰陽師おんみょうじ〟とかいうんでしょ?」

「陰陽師……っすか?」

「いろんな術を使って悪い鬼を撃退したり、飢饉や不作を退けたりするの。間ヶ宮様はそんなことをされるのよ」

「そうなんですね」


 興味なさげな返事をしたものの。

 内心、俺は得体の知れない間ヶ宮というヤツに、興味津々だったりした。

 そんな凄い奴なら、俺とタミーを元の世界に戻してくれたりするんだろうか? 

 もうちょっと! 

 もうちょっと詳しく! 

 間ヶ宮の話を! ベラベラ喋ってくれぇ!


「この間なんて! それこそ、前触れもなく枯れた村の井戸を甦らせたのよ!」

「それは凄い!」

「でしょ?それにね、なんと言っても!」

「なんと言っても?」

「類い稀なき、殿なのよ〜!」

「優なりな、御殿?」


 瞳にハートを宿しそうなほど。

 恍惚とした表情をする女性に、俺は一瞬ポカンとしてしまった。

 そんな俺を察したのか。

 アマガエルになったタミーが「イケメンって意味だ、ミワ」と、幾分呆れ気味な声音で囁いた。

 イケメンなのか。

 だから、こんなに人だかりができているのか。

 納得。


「ほら! もうすぐ祈祷よ! 登壇されるわ!」

「え?」

「間ヶ宮さまぁぁぁぁ!!」

「!?」


 突然、推しに向かって叫び出した女性の大声量に、めちゃくちゃビビりながらも。

 俺は女性の視線の先を、必死に目で追いかけた。

 どんな奴かは知らないけど。

 つーか、知るわけないけど。

 俺とタミーの今後の身の振り方を左右する人物に違いない、と。

 そう思うと、そこから目が離せなくなった。

 乾いた喉が、ゴクリと音を立てる。

 来る--来るぞ!!


「間ヶ宮さまぁぁ!!」


 至る所で、同時に上がる歓声。


 そんな大きな声すら遮断し、無にしてしまうような。

 風を孕んだ衣擦れの音が、俺の耳に厭に響いた。

 黒い水干すいかんはかまは、まるで焦土から生まれたんじゃないか、ってくらい。

 それくらい、俺の目に鮮やかに映る。

 風に靡く衣に目を奪われつつも、俺は目を凝らして間ヶ宮の顔へと視線を移動させた。


「え!? あれって……」

「おい、ミワ!! あれは!!」


 俺もタミーも、それ以上言葉を発することができなかった。

 何故なら、目の前に凛と立つ間ヶ宮こそ。

 見間違うはずもない、俺の親友--佐々史門だったからだ。

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