第16話
扉の前に彼女は呆然と虚ろな目をしながら佇んでいた。
「――まだ頑張らないと、だってそれが私の――」
エルハはそうして惰性のままにエルハは手を伸ばし――
「モウイイ。ヤスンデ」
エルハを止めたのは、白い腕だった。
個性も何もない真っ白な手。何の苦しみも知らなそうな無垢な細い腕。
「ノ、ノルイ君!」
エルハは叫んだ。10年という長い月日の間戦い続けた理由を前に少年の名前を叫んだ。
「ボクガ、ツライメニアイタクナカッタダケダ。セキニンヲトラナイトイケナイ」
「駄目・・・・・・ニャ。残り少しだし、私が残り全部やるニャ」
エルハはあり得ない虚勢を吐いた。
常人に耐えられるはずがない。否、狂人だろうが超人だろうが耐えられるはずがない地獄を体験しているのに、それなのに、彼女は嘘を吐いた。
大丈夫だと嘘を吐いた。
「だから大丈夫ニャ。ゆっくり休んでニャ」
「イママデツライコトヲ、キミニオシツケテキタンダ。ソノツライコトヲボクハ、シラナキャイケナイ」
エルハの考えなど見通しているとでも言いたげにノルイは微笑む。
「キミノゴビモ、セイカクモ、ボクガツクッタンダ。マエニジッケンデミタネコガ、カワイイトオモッタカラマネヲシテモラッタンダ」
ダカラボクニハ、とノルイは続けて
「スベテノセキニンヲカブルギムガアル。キミニクルシミヲオシツケテ、ニゲタボクノセキニンダカラ」
「いままでのことが、私のやったことが無駄になっちゃうニャ。何人もノルイ君のために殺したニャ。それなのにこんな終わり方なんて、だれも報われないニャ」
「ダイジョウブ、シナナイヨ。チョットキミノキオクヲ、ミニイクダケ」
「嘘ニャ、そんなの。前だって少し眠るだけだって――」
「サイゴニ、ヒトツダケネガッテイイ?」
「やめて、ニャ。」
ニコリとノルイは微笑み、扉のハンドルを捻った。一斉にすべての扉が開く。
そして最後に
「キミニジユウニイキテホシイダケダヨ」
言葉を残して、ノルイは消えた。
夢が、終わる。
「しかし粘るわね。あの子。普通は5分もあれば逝っちゃうのに。10分持つなんて、すごい精神力」
歴戦の催眠術師であるカマルに褒められたと教えたところでエルハは不愉快そうに顔をしかめるだけだろう。
「もうそろそろ倒れてくれないかしら。もういい加減ヒマに――。あっ!」
なってきたの、と続けようとした瞬間カマルは声を上げた。エルハが倒れたからだ。
「ふーん。ちょうどよく倒れてくれるものね。――さて、最終工程に移らないとね。私が直接出向かないといけないのが人骸呪術の致命的な弱点よねー。気が狂っているから暴走しかねないし。人間のセーブしている力、完全に開放しているから危険だし。扱えれば強いけど難しいわ。まあ護衛をつければ何でもないけど」
などと護衛にしている奴隷に一方的に話しながらエルハにカマルは迫る。
「じゃあ、始めましょう。まずは頭に手を近づけて――」
手を近づけた瞬間、カマルの首が取れた。
「え」
自然に当たり前に重力によって落ちるカマルの頭。
「あれがノルイ君の最後の願いなら叶えるしかないニャ。何にもノルイ君に出来なかった私ができる最後の願いだから」
私は――
「もう猫を被って生きるのは辞めた」
彼女は、10年間続けた語尾を捨てた。
まるで失恋した女性が髪を切るようにバッサリと捨てた。
「じゃあ、後始末つけないとね。人を散々巻き込んだ旅の後始末を」
エルハの目の前にはカマルの人骸呪術に中毒になり奴隷になっていた男たちが20人いた。
哀れな彼らは、本来命令を与える主人が死んだことで暴走する。
自暴自棄に力の限り、数時間の命ではあるが数時間前のエルハと同等の力を一人一人が得た。
が、足りない。
「今、ノルイ君がいなくなって身軽になった私にこんな名前すらわからない三下モブがいくら覚醒したところで、いくら命賭けたところで、全然足りない!」
そう叫ぶとエルハは跳躍して男の一人の前に移動する。
「瞬火小判!」
瞬間、筋骨隆々な男の体が水爆弾のように破裂した。部屋中に朱色の血液がばら撒かれる。
「次!」
そのまま男の死体を手で払いのけ、違う男の前で構える。
「孤達」
バキベキボキ! といい音を出して天井に向かって吹き飛ぶ男の体。そして、そのまま男の体は天井にめり込んだ。
「ぐがぁあああああ!!」
隙を見つけたとばかりに襲い掛かる違う男。
そんな隙すらも今の彼女には意味がないとも知らずに。
「七大祟」
エルハは後ろを見ることもなく、襲い掛かる男の体を7等分に切り分けた。
「こんなことに時間かけるなんてアホみたいだし! 一気に吹っ飛ばす!」
誰に聞かれているわけでもなくそう叫んでエルハは止まる。
「必殺究極最終技!」
止まっているエルハに群がる男たち。一瞬にして人間が素材のカマクラのようになる。
固まっていたのは一瞬だけだった。
「徹底猫削!」
その攻撃は可愛いとも美しいとも言えなかった。ただ全力を持って徹底的に辺り一面を削ぐだけの、
張り手とも引っ掻きとも形容できる、
ただ腕に力を入れて適当に振り回しているだけとすら言える攻撃だった。
ただその攻撃は今までのどの技よりも強力だった。
そしてどの技よりも彼女らしい技だった。
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