第36話 雲の上の理想郷

「これが……グランドシティ」


 圧巻の光景にただソウジはまじまじと舐めるように凝視を始め、ポツリと無意識に驚嘆を意味する言葉を口にする。

 彼が触れてきたライトノベルにも同様の類である楽園は幾度も存在したがそれでもたかが文章で見るのと実際に目に広がるのとでは迫力に雲泥の差があった。

 

「こっちだ、付いてこい」


 機械的と幻想的が混じり合う唯一無二の世界に見惚れる中、アヴァリスの案内の下、龍着場へと降り立つとよりグランドシティの景観が間近に浮き彫りとなる。

 純白が目立つ質素に見えて絢爛な石作りの建造物の数々はオリエント風を彷彿とさせ、首都と思わしき中心部は同族であろうパプレリスの者達が行き交っていく。

 至る所から流れる真水は心に安らぎを与えていき、大規模な空中国家も相まって圧巻の一言と称するべきだろう。


「素晴らしいだろう? 我がパプレリス族の魔力技術というものは。これもその一つと捉えてもらおうか」


 瞬間、アヴァリスの合図と共に数多の歯車の音が奏でられると龍着場と都市部を繋げる鉄の橋が架かっていく。  

 男のロマンが詰まったような光景についついソウジは自分達が警戒地にいるという事実を忘れてしまいそうになっていた。


「すっ……ご」

 

「フンッ、詳しい話は道すがらでもしよう、先ずは乗られよ」

 

 龍着場と都市部を結ぶ一直線上にかけられたアーチ状の石造りな橋の上を歩きながらソウジ達は進んでいく。

 橋先には鎧に身を包んだ騎士達が厳かに守護を行う検問所が位置され、アヴァリスの顔パスという形で入国を許される。

 左右から向けられる何とも言えない視線は気になりつつも深追いすることはなくものの数分で都市中枢へと到着した。

 国内には同じパプレリス族と思わしきシルクの衣服に身を包む国民が右往左往しており、賑やかさを極めている。


「グランドシティは我が盟主、サーレスト妖精王によって絶対なる統治が行われている新興国家。かつて引き押されていた他のエルフと支配権を巡った絶え間ない内戦を終局へ導いたのはまさしく我が王の功績」


「他のエルフと言うのは?」


「ヴァーリエン族、我らパプレリスと対を成していた蛮族にも似た気性の荒い気質エルフの一族だ。まさしく恥の象徴、同じエルフの顔に泥を塗る嘆かわしい者達だ」


(とんでもない言いようだな……ヴァーリエン族、余っ程激しい内戦だったのか)

 

 実態は知らずとも全くの罪悪感も迷いもなく仮にも同族を「恥の象徴」呼ばわりするのはどれだけ根深い対立が過去に繰り広げられていたかを物語っていた。

 周囲の騎士も同意の表情を浮かべ、きな臭い様子にグランドシティに驚愕していたソウジは段々と理性を取り戻していく。


「まぁ今は一部の生き残りが度々テロ行為を引き起こしているが問題はない、我らの国家は絶対なる治安維持に満たされている」


「確かに……この歓楽街の賑わいも平和故の光景か。アンタの王は魔族の長である魔王ヴァルべノクにも提言を行える立場にいるとヘレニカから聞いたが」


「ヘレニカ? あぁあの変態騎士か、その答えはイエスだ、高い軍事技術によって度々彼らへと兵器提供を行うこともある。我らからすれば人間の知性など獣同然だ」

 

 つい聞き流しそうになった案内の中でナチュラルに放たれた蔑む言葉。

 肩入れする気は毛頭ないが仮にも人間であるソウジは彼の発言を不満に思うものの、これまでの技術力を見るに過言ではない。

 少なからず、マレン王国と比較すれば遥かにこの地は先を進んでいるのだから。


「是非このグランドシティをより体感して欲しい所だが……君達は妖精王の来客、観光は後にしてもらおう」


 気さくを崩さない高い会話力を有するアヴァリスの言葉へと聞き入っていると広大な敷地に存在する目的地へと既に目の前にまでたどり着いていた。

 到着したという発言に顔を見上げたソウジ達を待ち受けていたのは至る所から水が流れ落ちる何とも豪華絢爛な宮殿。

 黒鉄で造られた洒落たデザインの正門には屈強な面持ちの騎士達が佇む。


「いい筋肉……ねぇ腕相撲しない!?」


「何をしてんだお前はッ!?」


 鎧越しにも分かる卓越した筋肉に内に眠る闘争心が湧き上がり、力試しと恐れ知らずに話しかけようとするフレイ。

 何処だろうとマイペースを崩さない彼女にソウジは焦り、セラフはため息をつく中、アヴァリスは目配せを行うと厳かな門は擦れる音と共に開かれていく。


「ご苦労」


 軽く労いの言葉を口にし、アヴァリスは堂々とした足取りで中へと先導を行う。

 騎士の敬礼を背に受け追随するように宮殿へと入り込んだ世界はマレンとはまた違う雰囲気を醸し出していく。

 規模の差は歴然であり、大理石を中心として作られた宮殿はまさに王たる風格を誇っている。

 天井からぶら下がる巨大なシャンデリア、壁や床の至るところには美しい卓越した装飾が飾られ、技術力の高さを感じさせた。


「魔族がここまでの文化を築いているとは。何故天地戦において優勢に立っているのか大まかですが察せますね」


「あぁ、どうやら森の守護者ってイメージのエルフ像は変えざるを得ないな」


 小声による交わし合い。  

 セラフの言う通りこれは魔族が優勢側に立っていても当然であろう。

 ハリエスなどの大国がリスク承知でパラダイム・ロストを得ようとしている事情もある程度は察する事が出来る。

 弓を使う心優しき森の守護者、というラノベでよくある固定観念は完全に破壊されていく中、アヴァリスは今後彼らに与えられた段取りを明かしていく。


「さて……君達にはこれから妖精王と謁見をしてもらう、客人という立場ではあるが無礼のないように。特に焔のお嬢さん」


「へっ? いやだなぁエルフちゃん、私がそんな失礼な奴に見える?」


「失礼でしかないでしょ脳筋アホ女」


「何だと貧乳天使!?」


「はっ?」


「あ"っ!?」


「……随分と愉快なのだな、君のお仲間は」


 苦笑いを浮かべるアヴァリスへと返す言葉もなく、ソウジはただ申し訳ないと謝罪の言葉を口にするしかない。

 ある意味平常運転を貫く二人に何処か安心感を覚える中、一行は謁見を行う場へと丁重に案内をされていく。

 宮殿の最上階、奥地には謁見の間へと繋がる豪奢な扉が存在感を放つ。


「我らがパラダイム・ロストの盟主にしてこの天空都市グランドシティを治める者……妖精王サーレスト様、お目見え」


 扉が完全に開かれると同時、視界全体を埋め尽くすは絢爛な装飾品で飾られている神聖な空間だった。

 まるでその空間だけ時間の流れが穏やかになっているような錯覚に陥りそうな雰囲気を纏い、一つの玉座へ腰掛けるエルフの姿が真っ先に目に留まる。

 至高なる御身が鎮座する玉座の前にはアヴァリスと似た威圧感を放つ三人の騎士が君主を守護するように佇みを行っていた。


「ッ……!」


 威圧感__。

 唯一無二と言える圧倒的な威圧感。

 周囲には数多の騎士に囲まれ厳かな世界が痛烈に広がっている。

 だが今のソウジの視界には見下ろす形でこちらへと不適なる微笑を浮かべる白銀の鎧を身に纏う存在しか映らなかった。

 銀に輝く髪と瞳、白磁のような肌は異質さと美丈夫さを醸し出しており、頭部に備わる王冠は自身の権威を表す。

 

「よくぞ参られた、若き戦士達よ」


 低く透き通った声音で紡ぎ出された言葉は決して大きな音でもないというのに場に反響し、ソウジ達の耳へと深く刻まれる。

 その一言だけでこのエルフがただならぬ存在であると感じさせるには十分だった。

 聡明なる知性を持つエルフを束ね絶対的なる支配を行う厳かなる妖精の王。


(こいつが……サーレスト妖精王)


 その名はサーレスト妖精王。

 厳かながらも奥にある知性を纏い、サーレスト妖精王は静かにソウジ達を歓迎する言葉を口にする。

 礼節としてセラフが見せたキレのあるお辞儀に追随する形でソウジも慌てて礼を行いフレイは無理やり彼女にさせられた。


「お初にお目にかかり光栄です。現グランドシティ妖精王サーレスト様。貴殿のご活躍は既に拝聴しております」


 流石は順応性の高いセラフだろう。

 普段のナルシズムは抑えた上に対する品行のある一連の動作はまさにパーフェクト。

 戦闘アンドロイドではなくメイドとしての一面が目立つ姿は美麗を極めている。  

 人が変わったような猫を被る処世術に二人は驚くものの、サーレスト本人は彼女の応対に機嫌良さげに言葉を返した。


「そこまで畏まらなくても良い。君らは謂わば私が召集した客人、饗さなくてはならなち立場なのだから」


 どの角度から見ようと絶世の美女ですら敗走する整った容姿のセラフを一瞥するとサーレストは興味の視線をソウジへ転換する。  

 向けられた瞳に思わず警戒心を抱く彼だが次に装束を指差されながら発せられた言葉は更に身を強ばらせた。


「なるほど……やはりそうか、君は噂に聞くハリエスが召喚した異界の英雄の一人か。その装束はアリシオン神話に存在する神羅織。人間にしては実に見事な装束だな」


「ッ! 何故それを……?」


「君達の事はこの区域境界線から監視させて貰っていたのだよ、まぁこちらの魔力技術の一つと捉えてくれれば良い。珍しく人間がこの付近へと表れたと思ったら、まさかの異界の英雄と来た。実に面白い」


 彼の手元には映像が浮かび上がる水晶が握られており、所謂監視カメラと似たような役割を持っているとソウジは察する。

 いやそこはどうでもいい話だろう、問題は既に妖精王がこちらの素性を全て理解しているという事だ。


「大国ハリエスを筆頭とする同盟国がきな臭い動きを見せている事は既に諜報部隊から話を聞いている。強大な力を持つ異界から転移された神の子が現れたことも含めて、君が持つ力が創世の奇書とのこともな」


「全て貴方には筒抜けであると……?」


「全てか……私が神であるならそれも可能だろうが残念ながらそうは言えない。だがこの混迷なる世界にある最も新鮮なる智見は全てこちらの手中にあると豪語出来る」


 サーレストの不敵な双眸はまさしく強者にのみに与えられる愉悦である。

 あまり好みでないのか後方のフレイは若干顔を歪ませ始めているがお構いなしに彼は支配する場で話を進めていく。


「まぁそこは瑣末なことだろう、今君達が抱いているのは何故魔王ヴァルべノクが率いる魔族と敵対する人類、ましてやその最高戦力と呼べる君達を招いたのか。当然の疑問だ」


 当然の疑問、それに異論はない。

 現にソウジが問いただしたい何よりの理由はそれなのだから。

 一拍だけ挟んだサーレストは奇行にも思える一連の展開の魂胆を明かすのだった。


「回りくどいのは嫌いだろう、勿論私もそうだ、単刀直入に言うのであれば我らパプレリス族と手を組まないか?」


「何……?」


「協定関係を結びたいと述べている。主従、従属ではなく対等な立場からなる利害関係を築きたいと考えているのだ」


 答えと言えば答えではあるのだが余りにも突拍子もない提案にソウジの内に潜む不可解さは更に深刻性を増す。

 何の冗談かと一蹴しても良いがサーレストの眼差しから感じ取れるのはただこちらを弄んでいるとは思えない瞳がギラつく。


「一つ問おう、君は王国ハリエスにおいて加護を受けた英雄であるが単なる女王の従者ではない、寧ろその逆、何らかの形でその身を追われる立場にいるのではないか?」


「何故そうだと」


「根拠を挙げればキリはないが、何より君のその目、内には慈愛と狂気が混ざり合う常軌を逸する何かが見える。並の人間はその歪んだ美しさを生み出せない」


 慈愛と狂気を孕む歪んだ瞳。

 褒めているのか罵倒しているのか分からない人格評価にソウジは不服さを覚えるが彼の考察に一切の間違いは存在しない。

 はぐらかした所で神羅織すら認知されている以上は言い逃れが出来ずソウジは無言による肯定を行った。


「同時に君達自身も我々に命を捨てる覚悟をしてまで問いたいことがあると部下からは耳にしている。挙げるとするならばパラダイム・ロストか」


「だったらどうするおつもりですか?」


「君達若き英雄が一枚岩ではないように我らも一枚岩ではない、胸中を明かせば我らは魔王に属する意義を見失っているのだよ」


 横槍を入れられないよう、サーレストは間髪を入れずに自身の内情をさらけ出す。


「近未来に来たるべきは絶滅戦争、互いにパラダイム・ロストなる絶大なる力を持つ戦略兵器の争奪戦、この争いの先に待つのは双方共の滅亡だと我々は予想している。つまりは第三の道を探しているのだよ。こんな滅する未来しか見えないビジョンを再構築する為の新たなプランを」


「第三の道……その一環があの変態騎士に無害の人々を供物にしようとしたあの鬼畜の所業とでも」


「大義の為だ。君達だってこれまで大義の為に幾多の魔族を討ち滅ぼしたのだろう? パラダイム・ロストは情報の少ない半ば作り話とも称される代物、だからこそ我々はそれを捜索する多大な魔力を利用した新たな魔法道具を研究しているのだ」


 やり方は違えど本質は同一な妖精王。

 互いに第三の道を模索する身は一瞬親近感を抱くも直ぐにもワルト達を苦しめた所業を思い出し同情心を振り払う。

 ソウジの警戒感を察知したフレイとセラフ共に臨戦態勢を整えていく中、知ってから知らずかサーレストは改めて威圧からなる誘惑の言葉を口にしていく。


「しかし研究は多難の一途、だからこそ人類にも魔族にも属さないイレギュラーかつ有能な人材を求めていたのだよ。そこで君と共にこのカオスに終止符を打ちたいとこうやって提案をしているのだ」


「僭越ながらそちらに協力を行う事で得られるメリットは? 有益なる見返りのない提携はこちらも理解しかねます」


「見返りは君達のバックアップ及び、永住権の付与による絶対的な保護としよう。ここならばハリエス程の大国だろうとまた魔族側も迂闊に手を出せる領域ではない」


 助け舟として質問を投げかけたセラフの質問にも怯まず返答を行うサーレスト。

 如何なる勢力にも染まらず、多少なりとも影響を持つ独自の力を持つ存在。

 相手からすればこちらはまさに都合の良い求められる全てを持つ貴重な資源だろう。

 逆にソウジ側からしてもマレン王国に続いて強大なパイプを作れるというのは決して悪い話ではない。


 共に歩もうとサーレストは玉座に腰掛けたまま手をソウジへと差し伸べた。

 迫られる選択、しかし裏切られた経験から美味しい話には余計に警戒心を抱くようになった彼は決断を下せずにいる。

 額からは汗が首筋へと零れ落ち、歯がゆく居心地の悪い沈黙が流れていく。

 暫くは無音の世界が続いていたが停滞していた状況を打ち破ったのはサーレストだ。


「まぁしかし我らも非情ではない、重大な分岐点の決断を今直ぐに下せとは言わん。じっくりこの国にて考えを纏めるといい」


 ようやく微笑と共に立ち上がった天空の支配者は部下へと巧みなる指示を送ると最後まで表情を崩さずに謁見の場を去りゆく。


「晩餐の準備を行え、客人をもてなすのが我らの務め。準備が出来次第呼び出す、それまでゆるりと寛いでくれ」


 その言葉を最後に身を消した妖精王に周囲の空気はようやく緊張から解き放たれる。

 無意識に息が止まっていたのか、ソウジは欠乏していた酸素を供給すべく深い深い深呼吸で理性を整えていった。

 逢魔が刻を意味する赤き夕日がソウジの視界を段々と包みこんでいく。

 

「……食えないようですね。あの長は」


「あぁ……俺達は思っていたよりも遥かに険しい山を登っているのかもしれない」


 聡明なるエルフが支配する理想郷。

 妖精王の指示に騎士達は慌ただしく視界を右往左往する中、彼はセラフの言葉へ呟くように不穏な言葉を口にする。

 大いなる幻想と微量の不安が蠢くこの世界でソウジは天を見上げると矛先の定まらない思いを胸中に抱くのだった。

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